この1か月で、まるまる英語の本、2冊を読みました。しかも開発学の授業の本なので、奥が深い。米国人のクラスメートも「Dense! (難解だ!)」とみんな言っています。
2冊目の本は、まだ読みやすく、スタンフォード大学の教授のJames Ferguson氏が書いた「The Anti-Politics Machine」という本。Amazonはこちら→The Anti-Politics Machine
この本はアフリカ南部のレソト王国という国で、1970年代後半に世界銀行とCanadian International Development Agency(CIDA)というカナダ政府の国際開発部が始めたプロジェクトの話。
何億というお金を投入し、家畜業の改善、地方分権化を図り、レソト王国内の市場経済の促進をしようというもの。
はじめは軌道に乗ったかと思われたプロジェクト。しかし、プロジェクトが終わる5年間の間に様々なことが起こります。
経済の循環がうまくいかず、いつまでたっても貧困で、教養もなく、家畜業を効率的にやること(Livestock Development)が重要だと思った世銀スタッフとCIDA。
プロジェクトサイトの郡に牛用の牧場を立て、そこに村人の牛を預けると、訓練を受けたローカルスタッフが牛の成長を改善させ、その改善された牛は村人のもとに帰ってき、村人はその牛をマーケットへ高価格で売り出す。
効率的に健康な家畜を育てなければ、牛の価値は下がるし、マーケットに売り出すこともできない。
この理論を世銀、CIDA、政府から受けた村人たちは、「わかりました。協力します!」と言い返事はよいものの、誰も牛を預けにこない。やがて牧場の草を食べる牛はほとんどいなくなり、牧場の草は伸びきって、とても牛が歩けそうにもないし、肝吸虫が牧場にはたくさんいるという噂までたつ始末。
このことを不思議に思った筆者(人類学者)はなぜ人々が牛を渡さないのか調査にでます。
そのインタービューの様子がこちら↓
筆者:もし誰かが牛をあげるとあなたに言ったら、牛をもらいますか?
村人:もちろん。もらいます。
筆者:じゃあ、牛をあなたはもらったこととしますね。その数週後、まだ別の人が来て、もしあなたの持っている牛を高い値で買いたいと言ったらどうしますか?
村人:え?その人は私の牛が欲しいのですか?
筆者:そうです。あなたの牛を高値で買いたいと言っています。
村人:それなら、私は売りません。売らないと思います。
筆者:どうして?
村人:牛は私のものです。わかっています。私は牛を売って、お金を得るべきと。でも牛を売るのは特別な時しか売りません。
筆者:どうして?高額な値で売ってほしいと頼まれているのに?
村人:うーん・・・。
筆者:牛を売ることはできないんですか?
村人:私は決して牛を手放すという選択はしないと思います。だってそれは私のものだから。
こういうやりとりが何度も続きます。筆者は気づいたのです。旱魃に襲われたときも、政府は牛が死ぬ前に牛を早く売り、お金に変えなさいと村人に通告しても、誰も売ろうとしなかったのです。
なぜなら、牛は村人(特に男性)にとってプライドだったからなのです。それはお金には変えられないもの。たとえ牛が弱っていて、死にかけでも牛の数は、彼らのプライドとしてそのコミュニティー内で認識されていたからです。
じゃ、牛を売って、たくさん牛を買えばいいじゃないの?と思うかもしれないですが、彼らの文化、社会規範が私たちの常識よりも上回り、そうはさせないのです。
ブログで簡潔に説明するのが、難しいのですが、よかれと思ってやっている西欧の支援が村人たちの文化を蝕むことがあります。最後には管理能力の低い国で、地方分権を導入すること自体が、さらに利権の奪いあいを高め、プロジェクトの運営どころではなくなってしまいます。
筆者はこの著書で解決方法を述べていませんが、開発援助の世界ではこんな事例が山ほどあるとエピローグで語っています。現地の貧しい人がなぜ開発がうまくいかないのかを知っていたのに、そこを援助団体は見逃していたのです。
私もメータオ・クリニックにいた時に、患者さんがマラリアに罹るのはマンゴーを食べたせいだからだと信じている人が多かったのを不思議に思っていました。よく途上国でマラリアの蚊よけの蚊帳を漁業用のネットとして使っていることが失敗例として出されています。
牛の話とは関係ないですが、こういうルーツを調べたらなんだか、マラリア対策や他の問題ももっと改善したりしないかなと思います。
2012/11/27
2012/11/23
Happy thanksgiving!
今日はアメリカ国民のもっとも重要ともいえるThanksgivingの日です。学校は休み。去年と同様、ロータリークラブのホストファミリーの家にお邪魔し、ご飯を食べてきました。今年も動けないほど、たくさんおいしいものをいただきました。
このThanksgiving休みは今週日曜まで。この間にPhDに関係する奨学金の書類(量がものすごい多い!)を書いたり、読み切れてなかったReadingを読んだりこの休日に大変助かっています。
修士課程卒業までもう1か月を切りました。あとは期末テストと残りの宿題を片づけるのみ。帰国まではあと1か月です。その間になんとTOEFL(これは奨学金の書類のひとつ)とGRE(11月上旬に受けた点数が2点足りなかった・・・)を受けます。PhDは出願しました。12月のGREスコアがよければもう一度提出し直そう思います。
ゴールはもう目前。最後の最後まで全力を注いでMPH取得まで走り切ります!
このThanksgiving休みは今週日曜まで。この間にPhDに関係する奨学金の書類(量がものすごい多い!)を書いたり、読み切れてなかったReadingを読んだりこの休日に大変助かっています。
修士課程卒業までもう1か月を切りました。あとは期末テストと残りの宿題を片づけるのみ。帰国まではあと1か月です。その間になんとTOEFL(これは奨学金の書類のひとつ)とGRE(11月上旬に受けた点数が2点足りなかった・・・)を受けます。PhDは出願しました。12月のGREスコアがよければもう一度提出し直そう思います。
ゴールはもう目前。最後の最後まで全力を注いでMPH取得まで走り切ります!
2012/11/10
チュレーン大学公衆衛生熱帯医学校100周年記念
久しぶりにブログ更新です。論文の最終提出や授業のプレゼン、またタイトルからお分かりになるように本日学校の100周年記念があったので、その学生ポスタープレゼンの準備とずっと忙しい日々が続いていました。しかもまだPhD進学の書類準備とGREの勉強しています。
30歳を無事迎えられたのも、いつも支えてくださる周りの皆さん(あまりにも多くの方に支えられて今を生きていると感じます)のおかげです。本当にありがとうございます!
今日は私が所属する公衆衛生熱帯医学校の100周年記念式典がありました。この大学の公衆衛生学校は米国で実は一番古い歴史のある学校です。
1800年代に米国南部に蔓延していたマラリア、コレラ、黄熱の研究をするための州医学校として設立されました。
そこから派生し1912年に設立された今のチュレーン大学公衆衛生熱帯医学校です。アフリカのアンゴラで臨床をし、ロンドン大学公衆衛生熱帯医学校で勉強した米国人医師がこの学校の設立者です。そしてMPHができたのは1947年です。今のチュレーンのうたい文句は「チュレーンは国際保健が国際的に注目される前からGlobal Healthをやってきました」。なのでA Century of Commitment to Global Healthが大きくいたる看板に書かれています。
大学周辺では100周年記念のポスターが並びます。
校舎にも100周年の看板。
学校玄関にもポスターがずらり。
こちら学校ロビー。大きな100周年垂れ幕がかかっています。
ポスタープレゼンの参加賞として100周年オリジナルTシャツをゲットしました。そして今月号のAmerican Journal of Epidemiology(疫学の米国雑誌)はチュレーン大学100周年の特集です。
明日も式は続き、エモリー大学、米国疾病予防センター(CDC)、ハ―バード大学、ロンドン大学公衆衛生熱帯医学校の学校長などのゲストレクチャーがあります。盛り上がりそうです。米国の大学院で勉強していると他の米国の公衆衛生学校のゲストレクチャーに参加できる機会もよくあります。
まあ、なんてタイミングに私はチュレーンで勉強しているのかと感慨深いです。そして実は私の30歳の誕生日だったりします。時間が経つのは早いです。
20代は本当にいろんなことに挑戦し、親元から離れ、上京して就職し、タイ・ビルマ国境に行って医療ボランティアをしたり、長崎大学で熱帯医学を勉強し、最後には米国の公衆衛生大学院で勉強と、実に人生は予測がつきません。猪突猛進で突き進んだ20代でしたが本当に楽しかったです。子どもの頃からの夢が目標へと変遷していった20代。
30代はできれば博士課程に進学し、この分野を極めて専門家として自分が大好きと思える仕事をしたいです。願わくば40歳になったときに子ども二人くらいを育てながら、旦那さんとどこかの途上国で働けてたら最高だなぁと思います。少子高齢化に関心があるので結婚、出産をし日本社会へも貢献したいなと思います。
30歳を無事迎えられたのも、いつも支えてくださる周りの皆さん(あまりにも多くの方に支えられて今を生きていると感じます)のおかげです。本当にありがとうございます!
2012/10/31
メータオ・クリニック院長来日決定!
メータオ・クリニック支援の会よりお知らせです。
タイ・ビルマ国境の町メーソート。
タイ・ビルマ国境の町メーソート。
そこで祖国ビルマを離れてタイへ渡って来た15万人の難民・移民に無料診療を続ける
「メータオ・クリニック」
ビルマが「民主化」に向けて変動する一方で、保護を求めてタイへ渡る患者や子どもの数は
世界の目が国内へと向き始める中、必要な支援を得ることはますます困難となっている。
自身もカレン人難民である院長シンシア・マウン医師が20年以上にわたる活動、そして国境のいまを語る。
シンシア・マウン医師 略歴
1985年ヤンゴン大学医学部卒
1989年メータオ・クリニック創設
2002年ラーマン・マグサイサイ賞受賞
2005年ノーベル平和賞ノミネート
2012年Democracy Award 受賞
【東京会場】11月17日(土)
東京都港区日本財団ビル1階バウルーム 14:00~
参加費1000円
通訳 田辺寿夫(U Shwe Ba)
歓迎会 同ビル8階 18:00~ 参加費2000円
(担当:田辺support@japanmaetao.org)
【横浜会場】11月19日(月)
神奈川県横浜市東洋英和女学院大学 13:10~16:20 参加費 学生無料 一般1000円
*事前申し込み必要
お名前、ご所属、ご連絡先を添えて
11月10日までに下記までお申し込みください。
(担当:田辺文support@japanmaetao.org)
【越前会場】11月21日 (水)
福井県越前市健康福祉センター4F多目的ホール
19:00~20:00
参加費無料
(担当:泰圓澄一法taian1973@gmail.com
)
【福井会場】11月22日 (木)
福井県福井市AOSS A6F 601A
18:45~19:30 参加費無料
チャリティー夕食会
19:40~21:30 参加費 1万円
(担当 林宏征、畑勝浩:midorikanjp@gmail.com)
【大阪会場】11月24日 (土)
大阪府大阪市ドーンセンター4階大会議室1 18:00~
参加費 500円
(担当:中尾恵子brcj@syd.odn.ne.jp)
主催:
メータオ・クリニック支援の会
ビルマ市民フォーラム 日本ビルマ救援センター
公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
共催:公益財団法人日本財団
参加費は全てメータオ・クリニックへ寄付させていただきます。皆様のご参加お待ちしています。
Category
メータオ・クリニック支援の会
2012/10/27
アメリカ人って・・・
昨日授業の一貫として大学のTED Talkのイベントに参加してきました(http://tedxtu.com/)
TEDとは米国発のオンラインカンファレンスというのでしょうか。社会問題に取り組む企業家や教育者などいろんなフィールドから来た人の話がオンラインでみれます。英語版→http://www.ted.com/
日本語版→http://www.ted.com/translate/languages/ja
昨日のイベントでは私の友人でもあるMPHの学生が、インドの田舎でヒューマンパワープロジェクトを立ち上げたという話しや(トイレがないインドの田舎に、トイレを設置し便から発生するメタンガスを使い電気を作るというプロジェクト。DELLで助成金3万ドルを獲得しこの秋からプロジェクト着工の予定。http://www.dellchallenge.org/projects/humanure-power-project)、途上国に住む若い少女に立ちはだかる強制的結婚を反対するために、18歳の公衆衛生学部1年生の学生がNGOを立て助成金を集めている話を聞いたりしました(彼女のNGOのPVはこちら*チュレーンの公衆衛生大学院もみれます→http://www.youtube.com/watch?v=YwEhKu3T51Q)。
私がこのカンファレスにでて、あらためて思ったのは、米国人って野心があり、プレゼン能力が高い人が多いなと思ったことです。
米国に住み1年が経ち、思うことは米国人と日本人は本当に全く違います。今思えば1年前米国に来たとき、私はややカルチャーショックに陥っていたのかもしれません(タイに住んでた時はそんなことなかったのですが)。
以下は私が思う多くの米国人に共通するのではないかと思うことです。ただ私が会ってきた米国人はチュレーン関係者が多いので私の意見に偏よりがあるかと思いますが・・・
①はっきりと意見を言う。プレゼンがうまい。ユーモアのセンスがある人が多い。
②言い訳をすると言えば聞こえが悪いですが、理由を必ず述べる。
例)I think .... because.....と言う。
③さっぱりした性格が多い。
ねちねち悪口を言ったり、イジメが起こることはなさそう。He/She is different とかweird.で他人のネガティブな面は片づけられるかも。そして他人を気にしない。
④小さなことは気にしない。楽天家が多い?
嫌なことがあってもすぐに忘れているような。。。スチューデントローン9万ドル(約750万円の借金)あってもみんな明るく生きています。表面上かもだけど。
⑤自分が一番だと思っているかも。自分が大切。
たぶん、米国の教育方針?謙遜するという文化はない気がします。先生も親も子どもを褒めて育てます。けなして怒ったりしない気がする。
米国はアジアの世界のように空気を読んだり、周りを気にしたり、謙遜したりという文化がないので、それに慣れていない人は留学してしばらく疲れるかもしれません。私ははじめそうだったような気がします。もう今は慣れたし、周りに干渉されない文化はそれはそれで楽なような気がします。米国一生住むのは希望していませんが(国民皆保険制度がしっかりしていない国では病気になれない!タイの30バーツ国民皆保険制度なら住みます。)、若い年齢のうちに日本と全く違う文化のもとでおもいっきり勉強するには最高の場所だと思います。
TEDとは米国発のオンラインカンファレンスというのでしょうか。社会問題に取り組む企業家や教育者などいろんなフィールドから来た人の話がオンラインでみれます。英語版→http://www.ted.com/
日本語版→http://www.ted.com/translate/languages/ja
昨日のイベントでは私の友人でもあるMPHの学生が、インドの田舎でヒューマンパワープロジェクトを立ち上げたという話しや(トイレがないインドの田舎に、トイレを設置し便から発生するメタンガスを使い電気を作るというプロジェクト。DELLで助成金3万ドルを獲得しこの秋からプロジェクト着工の予定。http://www.dellchallenge.org/projects/humanure-power-project)、途上国に住む若い少女に立ちはだかる強制的結婚を反対するために、18歳の公衆衛生学部1年生の学生がNGOを立て助成金を集めている話を聞いたりしました(彼女のNGOのPVはこちら*チュレーンの公衆衛生大学院もみれます→http://www.youtube.com/watch?v=YwEhKu3T51Q)。
私がこのカンファレスにでて、あらためて思ったのは、米国人って野心があり、プレゼン能力が高い人が多いなと思ったことです。
米国に住み1年が経ち、思うことは米国人と日本人は本当に全く違います。今思えば1年前米国に来たとき、私はややカルチャーショックに陥っていたのかもしれません(タイに住んでた時はそんなことなかったのですが)。
以下は私が思う多くの米国人に共通するのではないかと思うことです。ただ私が会ってきた米国人はチュレーン関係者が多いので私の意見に偏よりがあるかと思いますが・・・
①はっきりと意見を言う。プレゼンがうまい。ユーモアのセンスがある人が多い。
②言い訳をすると言えば聞こえが悪いですが、理由を必ず述べる。
例)I think .... because.....と言う。
③さっぱりした性格が多い。
ねちねち悪口を言ったり、イジメが起こることはなさそう。He/She is different とかweird.で他人のネガティブな面は片づけられるかも。そして他人を気にしない。
④小さなことは気にしない。楽天家が多い?
嫌なことがあってもすぐに忘れているような。。。スチューデントローン9万ドル(約750万円の借金)あってもみんな明るく生きています。表面上かもだけど。
⑤自分が一番だと思っているかも。自分が大切。
たぶん、米国の教育方針?謙遜するという文化はない気がします。先生も親も子どもを褒めて育てます。けなして怒ったりしない気がする。
米国はアジアの世界のように空気を読んだり、周りを気にしたり、謙遜したりという文化がないので、それに慣れていない人は留学してしばらく疲れるかもしれません。私ははじめそうだったような気がします。もう今は慣れたし、周りに干渉されない文化はそれはそれで楽なような気がします。米国一生住むのは希望していませんが(国民皆保険制度がしっかりしていない国では病気になれない!タイの30バーツ国民皆保険制度なら住みます。)、若い年齢のうちに日本と全く違う文化のもとでおもいっきり勉強するには最高の場所だと思います。
2012/10/19
国際協力、国際開発
やっと今週はじめの3教科の中間テストが終わりました。論文のアウトラインも提出しひとまずほっとです。あとTake Home Examの中間テストが1教科だけ。
今週から新しい授業「Development Theory(開発論)」がはじまりました。授業を教えるのはうちの大学及び公衆衛生大学院からExcellent teaching賞をもらったことがあるマーフィー先生。宝塚ジェンヌの男役のように、女性なのにかっこいいです。
日本では国際開発(International Development)と言わずに、国際協力(International Cooperation)という言葉をよく耳にすると思います。国際協力は困っている近所の国へお手伝いに行っているというイメージを私は持っていますが、開発はしてあげている、改善してあげるという上から目線が入っているような気がします。
私がタイ・ビルマ国境で本格的にボランティア活動をする前に一冊読んだ本。
「世界の貧困-1日1ドルで暮らす人びと-」ジェレミーシー・ブルク氏著。青土社(2005)
この本はまさにしてあげている国際開発がおせっかいかもしれないよ。ということを私に気づかせてくれた本でした。
グローバリゼーションという市場経済のもと、世界の価値観を押し付けてしまうこともある開発問題。貧乏で電気がなくて水がなくても、心豊かに家族と笑って健康に過ごすことができれば、国際協力なんかしなくてもいいと私はずっと思ってきました。
今でもそう思うし、お金や物であふれる国で住む日本人の心の方が、途上国の人の心よりも貧しいと思うときもよくあります。豊かさ=お金ではない。
私はどちらかというと難民、移民の健康問題について将来関わっていきたいので、人間の尊厳や人権についてこのクラスで学べたらと思っています。そして欧米が唱える国際開発論に興味があるので、このクラスは宿題、読物が多く大変と聞いているのですが最後までやりとげたいと思います。
クラスの導入ディスカッションでも「私は、国際開発が必ずしも幸福や利益を持ってくるわけでなく、その国の文化や価値観を傷つける可能性があると思う」と発言しました。先生は「その通り。アイコが言うようなところにも触って話していくわ。」と言ってくれました。今後の授業が楽しみです。
今週から新しい授業「Development Theory(開発論)」がはじまりました。授業を教えるのはうちの大学及び公衆衛生大学院からExcellent teaching賞をもらったことがあるマーフィー先生。宝塚ジェンヌの男役のように、女性なのにかっこいいです。
日本では国際開発(International Development)と言わずに、国際協力(International Cooperation)という言葉をよく耳にすると思います。国際協力は困っている近所の国へお手伝いに行っているというイメージを私は持っていますが、開発はしてあげている、改善してあげるという上から目線が入っているような気がします。
私がタイ・ビルマ国境で本格的にボランティア活動をする前に一冊読んだ本。
「世界の貧困-1日1ドルで暮らす人びと-」ジェレミーシー・ブルク氏著。青土社(2005)
この本はまさにしてあげている国際開発がおせっかいかもしれないよ。ということを私に気づかせてくれた本でした。
グローバリゼーションという市場経済のもと、世界の価値観を押し付けてしまうこともある開発問題。貧乏で電気がなくて水がなくても、心豊かに家族と笑って健康に過ごすことができれば、国際協力なんかしなくてもいいと私はずっと思ってきました。
今でもそう思うし、お金や物であふれる国で住む日本人の心の方が、途上国の人の心よりも貧しいと思うときもよくあります。豊かさ=お金ではない。
私はどちらかというと難民、移民の健康問題について将来関わっていきたいので、人間の尊厳や人権についてこのクラスで学べたらと思っています。そして欧米が唱える国際開発論に興味があるので、このクラスは宿題、読物が多く大変と聞いているのですが最後までやりとげたいと思います。
クラスの導入ディスカッションでも「私は、国際開発が必ずしも幸福や利益を持ってくるわけでなく、その国の文化や価値観を傷つける可能性があると思う」と発言しました。先生は「その通り。アイコが言うようなところにも触って話していくわ。」と言ってくれました。今後の授業が楽しみです。
2012/10/14
ゆかいなアフリカの留学生たち
こんな忙しい時に私ブログ書いてて、いいのかと思うのですが、おもしろいことがあったので書きます。
先週、友達の引っ越し祝い会に参加しました。春学期以来久しぶりに会う友人もおり、その中に米国人の春学期同じクラスをとったクラスメートに再会しました。
「おー!マロン!元気?久しぶり?」と声をかけた私。
「久しぶり。お、俺の名前、マロンじゃなくてピーターだけど・・・」とクラスメート。
は!?名前を間違えてた!?失態をしてしまった・・・。
間違えたのには訳があるのです。それは私の友人のウガンダ人。マロンではないピーターとウガンダ人の友人とは先学期クラスメートでした。
去年の秋学期から会うたびに話をしたりしていた米国人のクラスメート・ピーター。でも彼の名前が覚えられず、今更本人に名前聞くのは失礼かと思い、横に座っていたウガンダ人の友人に、
「ね?あのクラスメートの名前を知ってる?」と私。
「あいつの名前はマロンだぜ。」 ”Marron”と親切に私のノートに書いてくれたウガンダ出身の友人。
それからずっと私はマロンさんだと思いこんでました。私に名前を教えてくれたウガンダ人はもう卒業しウガンダにいます。おーい、マロンじゃないし!!と言いたいです汗。
そして私の仲良いタンザニア人の友人。
図書館のグループスタディールームを借りて勉強していたときのこと。勉強して1時間ほど経過し、お昼すぎご飯も食べなんとなく眠い雰囲気が漂う中で・・・
私が勉強内容を話している途中に、突然、携帯のタイマーをかけ顔を机に伏せ、寝だしたタンザニアの友人・・・。
「あれ・・・。」え?おい、ちょっと勉強会しているのに、寝てるし!!
タイマーが鳴っても、「もうちょっと・・・」と言い、またタイマーを延長させ、寝てました。
どんだけマイペースやねん!と関西人的につっこみたくなる瞬間でした。
そして昨日。米国人のクラスメートのホームパーティーに招待された私とそのタンザニア人の友人。
「私は論文もテストもあるし行かないよ。」とタンザニア人に伝えていたのにもかかわらず、昨日の夕方彼女から電話がかかってきました。
「アイコ、何してんの?何時にパーティー行く?どうやって行く?私は地図が読めないからアイコも来なきゃ!」
パーティーは夕方6時開始です。そして夕方6時に電話がかかってきました。本来ならもうパーティーに行くべき時間なのにまだ行っていなかった友人。そして30分くらい説得の電話を受け、1時間だけならパーティーに参加してもいいよと返事をした私。
「8時にはアイコの家に絶対行くわ!」
いや、私の経験上、おたくは絶対8時には来ないでしょう・・・。しかもパーティーも終わる時間かもよ・・・。
はい。まさに予感的中し、夜8時半「アイコの寮の前よ!到着したわ!」との電話。
奇跡的に30分遅れで着た彼女に関心してしまった私。別のガーナ人の2人の友人を連れて、パーティーに行こうとしたのですがなかなかタクシーがつかまらず、いらだつ私。そんなのおかまいなしに大声で笑うタンザニア人とガーナ人2人。
みんな悩みなさそうでうらやましいよ・・・。ちなみに家に帰ったのは夜11時過ぎてました。
夜全く勉強できなかったけど、まあこんな日もあっていいかと思ってしまう私でした。
先週、友達の引っ越し祝い会に参加しました。春学期以来久しぶりに会う友人もおり、その中に米国人の春学期同じクラスをとったクラスメートに再会しました。
「おー!マロン!元気?久しぶり?」と声をかけた私。
「久しぶり。お、俺の名前、マロンじゃなくてピーターだけど・・・」とクラスメート。
は!?名前を間違えてた!?失態をしてしまった・・・。
間違えたのには訳があるのです。それは私の友人のウガンダ人。マロンではないピーターとウガンダ人の友人とは先学期クラスメートでした。
去年の秋学期から会うたびに話をしたりしていた米国人のクラスメート・ピーター。でも彼の名前が覚えられず、今更本人に名前聞くのは失礼かと思い、横に座っていたウガンダ人の友人に、
「ね?あのクラスメートの名前を知ってる?」と私。
「あいつの名前はマロンだぜ。」 ”Marron”と親切に私のノートに書いてくれたウガンダ出身の友人。
それからずっと私はマロンさんだと思いこんでました。私に名前を教えてくれたウガンダ人はもう卒業しウガンダにいます。おーい、マロンじゃないし!!と言いたいです汗。
そして私の仲良いタンザニア人の友人。
図書館のグループスタディールームを借りて勉強していたときのこと。勉強して1時間ほど経過し、お昼すぎご飯も食べなんとなく眠い雰囲気が漂う中で・・・
私が勉強内容を話している途中に、突然、携帯のタイマーをかけ顔を机に伏せ、寝だしたタンザニアの友人・・・。
「あれ・・・。」え?おい、ちょっと勉強会しているのに、寝てるし!!
タイマーが鳴っても、「もうちょっと・・・」と言い、またタイマーを延長させ、寝てました。
どんだけマイペースやねん!と関西人的につっこみたくなる瞬間でした。
そして昨日。米国人のクラスメートのホームパーティーに招待された私とそのタンザニア人の友人。
「私は論文もテストもあるし行かないよ。」とタンザニア人に伝えていたのにもかかわらず、昨日の夕方彼女から電話がかかってきました。
「アイコ、何してんの?何時にパーティー行く?どうやって行く?私は地図が読めないからアイコも来なきゃ!」
パーティーは夕方6時開始です。そして夕方6時に電話がかかってきました。本来ならもうパーティーに行くべき時間なのにまだ行っていなかった友人。そして30分くらい説得の電話を受け、1時間だけならパーティーに参加してもいいよと返事をした私。
「8時にはアイコの家に絶対行くわ!」
いや、私の経験上、おたくは絶対8時には来ないでしょう・・・。しかもパーティーも終わる時間かもよ・・・。
はい。まさに予感的中し、夜8時半「アイコの寮の前よ!到着したわ!」との電話。
奇跡的に30分遅れで着た彼女に関心してしまった私。別のガーナ人の2人の友人を連れて、パーティーに行こうとしたのですがなかなかタクシーがつかまらず、いらだつ私。そんなのおかまいなしに大声で笑うタンザニア人とガーナ人2人。
みんな悩みなさそうでうらやましいよ・・・。ちなみに家に帰ったのは夜11時過ぎてました。
夜全く勉強できなかったけど、まあこんな日もあっていいかと思ってしまう私でした。
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