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2012/08/04

バイバイ。アジア。

現在バンコクの国際空港にいます。昨日夜行バスでメソトをたちました。2カ月間、本当にあっという間でした。最後の一週間は研究のまとめ、プレゼント怒涛の毎日でしたが、毎日、毎日が楽しくて、米国にいた時よりものびのび過ごせている自分に気づきました。3年前にメソトを去ったとき以来、毎年メソトは訪問していますが、こんなに長くメソトにいたのははじめてでした。

2カ月間、お世話になったタイ人の奥さんとビルマ人の旦那さん夫婦には本当にお世話になりぱっなしで、どうやって感謝を返せばよいかと考えてしまいます。ビルマ人の旦那さんのご両親、妹と2世帯で暮らし、ほとんど毎日、夕食をその家族とともに食べていました。

 「あいこがいなくなると寂しいね。来年も遊びに来てね。」と言ってくれ、ビルマのお母さんお手製の私の大好きなビルマふりかけを私に餞別としてくれました。
 

ふりかけと楽しかった思い出を振り返りながら、夜行バスの中で1人号泣してしまった私。3年前にメソトを去ったときと気持ちは変わっていません。メソトは私の第二の故郷です。
 

バンコクのモーチットのバス停で降りて、一直線で今の空港へ。


 空港に着き、どこかベンチで座って寝ようかと場所を探していると、前方からカレン族の服装を来たおばさんがこちらを歩いてきます。なんだかみたことあるな…と思いながら、顔をよく見るとメータオクリニックの院長のシンシア先生でした!
 

「ピャラメラ?(ビルマ語:帰るの?)」シンシア先生も笑いながらびっくりしている様子。
 

シンシア先生の娘さんが奨学金をとって3週間だけ南アフリカに交換留学に行っていたそうで、お迎えにバンコクまで私と同じく、夜行バスで着たそうです。なんとも世間は狭すぎる。
 

シンシア先生と2時間ばかりお話しし、そのまま、ベンチで寝てしまいました。あと2時間後にはタイを去り、次はアフリカ・ケニアです。久しぶりのチュレーンのクラスメートとの授業。リーディングマテリアルもどしどしきています。

バイバイ。私の大好きなアジア。また来年に会いましょう。

2012/07/16

原点

今日、自分の原点を考えさせられる出来事がありました。

日曜日、家で英語のテストGREの勉強をしていたところ、ビルマ人の友人から電話がありました。

「近所のビルマ人が高熱を出して苦しんでいるんだけど、メータオ・クリニックは日曜で閉まっているし、見にきてくれない?」

今回のメータオ・クリニックでの滞在では患者さんは全くみていませんでした。一応持ってきた聴診器と体温計、患者さんの家に行く前に薬局に寄り、パラセトモール(アセトアミノフェン系の薬)を買い、患者さんの家に。

家は街からはずれた場所にたたずみ、竹で作られた簡素の家。床も竹ででき、いかにも床が抜けてしまいそうなおんぼろな佇まいでした。

小さな竹の家で横たわっていた30代の男性。普段は家の前の畑で農業していますが、5日間の高熱のために仕事も休み家でずっと寝込んでいたそうです。5人の家族で小さな竹の家に住む患者さん。タイIDカードは持っておらず、不法移民のためタイの病院には受診できません。

ビルマ語で久しぶりに診察をし、患者さんと話すこと数分。身体所見に明らかな異常はなく、熱は微熱で37度台。夜になると40度近くに熱が上がるとのことから、薬を渡し、改善するようでなければ、明日クリニックへ受診するように勧めました。

この患者さんの一連を通して、自分の心がもやもやしてきました。

あっ、私この気持ち忘れかけていたんじゃないかと思いました。

その気持ちは私の原点。世の中の不平等についての憤りです。

この患者さんだけでなく、この国境沿いにはたくさんのビルマからの難民、移民がいます。その多くが貧しく、竹などできた粗末な小さな家で、家族ぎゅうぎゅうになって住み、タイの警察におびえながら、低賃金で働いています。仕事を休めば首になるかもしれない。お金が入らず食べていけない。病院に行く前にタイの警察につかまるかもしれない。

街を巡回するソンテオという格安の乗合バスに乗るビルマの人々。タイのIDカードがないだけで、バスから降ろされ、タイの警察から賄賂を要求され、はたまた不法移民として強制帰還させられる。

世の中はどうして不平等なのだろう。患者さんの憂慮した顔。

何もできない自分が悔しくてたまらず、歯を食いしばった3年前。

私がなぜ国際協力の世界に飛び込んだのか振り返らせられる出来事でした。




2012/07/12

統計ソフト Epi Info

メータオ・クリニックの実習ももう残り3週間を切りました。時間がたつのはとても早いです。

今はKAP調査で集めた152名の質問票の回答をEpi Info7というソフトウェアを使い分析しています。Epi Infoは米国の疾病予防センター(CDC)のウェブサイトから無料でダウンロードできる統計ソフトウェア。あまりにもかっこよくなんでも簡単にデータが処理できるのでほれぼれしています。

Epi InfoのVisual Dashboardはこんな感じです。iPadのようです。



Confidence Interval(95%CIとか論文で見たことある人いるかもしれません)がちょちょいのちょいで出てきます。

この分析のEpi Infoをこなすまで2日間かかりました。はじめはなんでこんな時間かかる調査をし始めたのだろうと、げっそりしていました。どっかの国際機関やNGOでインターンをするという実習にしていればこんな苦労してデータ集めて、レポート書いてってしなくてもよかったのにと思ったりしました。

今メータオの実習のプリセプター(実習指導者。指導教授はもちろん大学院のマーク先生)をしているのは、メータオの長年ボランティアの米国人医師テリー先生。彼はカリフォルニア大学医学部の助教授でもあり、教えるのがとてもうまいです。MPHもカリフォルニア大学バークレーでとり、公衆衛生専門家として、カリフォルニア州立の保健省で10年以上働いていました。

彼なしに私の研究調査は達成できなかったと思います(まだ最中だけど)。

「こんな調査でへこたれていたら、博士課程には進学できないよ!」とテリー先生より喝をいただきました。

確かにごもっとも。たかが修士の調査でギャーギャー言ってはだめだなと反省するこの頃です。

分析、評価して7月末にワークショップ、結果報告会を開催し、8月はじめより3週間アフリカ(ケニア&ザンビア)です。アフリカは学校の授業と休暇です。今の調査終わらせないとアフリカには行けないわ・・・。



2012/07/08

メータオ・クリニック今後の行方

メータオ・クリニックは今後どうなるのでしょうか。ビルマ民主化にあたり、ビルマ国内に支援が向きがちな国際社会。

6月末にビルマ国内で活動する政治家(今のビルマの大統領にも近い存在)がメータオ・クリニックを訪れたことにより、ビルマ国内にメータオ・クリニックを移すように勧められたのではないかと囁かれてました。では一体実際メータオ・クリニックはどうなっていくのか。

シンシア先生曰く、「ビルマ国内にクリニックを移すことは全く考えていません。ビルマ政府が市民の健康を改善すべく活動すべきであり、人々の健康推進は元来、政府の役目です。それはメータオ・クリニックの目的ではありません。」

と、きっぱりビルマ国内へ引っ越しの可能性を否定。

私もシンシア先生の気持ちがわかります。もともとメータオ・クリニックは、1988年の民主化運動に負傷した難民を助けるための簡易診療所であり、タイ側で永久的に医療を提供することを全く目的としていませんでした。

政府が人々の健康推進の責任者です。メータオ・クリニックがビルマ国内へ移れば、クリニックが政府に代わって健康問題に続けて取り組んでいくように、政府によって自然に仕向けられているような気がします。

ビルマ政府があてる年間の国家予算全体のうち、3%のみが医療費に当てられます。政府の少ない医療費の負担により、国民は医療費の85%を自費で払っています。

日本の医療費を考えてみると、国民健康保険は3割負担。貧しいビルマの人々が85%の負担で医療費を払えるかはとても疑問です。

そのためヤンゴンやマンデレーと言った主要都市で病院にアクセスできるような人たちまでもが、わざわざ遠くからメータオ・クリニックまで足を運んでくるわけです。

でもこのままメータオがタイ側に居続けることは果たしてよいことなのか?

問題は国際社会の目。ビルマ国内に投資が向いている今、メータオに支援してくれる援助団体が急速にその支援規模を縮小し始めています。

メータオが寄付金をもらえなくなると、提供できる医療サービスも減ります。そうなると今までメータオで医療を受けていた患者さんが医療を受けられなくなります。

もしかしたらメータオの医療サービス閉鎖により、ビルマの人々の病気による死亡率、罹患率は上がるかもしれません。メータオがもし国内に入れば、国際社会から財政援助を受け、運営することで医療を受けられる人々が増えるかもしれません。本来はビルマ政府のやるべき仕事ですが・・・。


いつかメータオ・クリニック支援の会の現地スタッフが、ビルマ国内で仕事をする日もそう遠くはないのではと思ったり。

いずれにせよ今年はメータオ・クリニックにとって試練の年となりそうです。


2012/06/24

元世界銀行の職員、メータオで医師として働く

この夏は結核調査について実習するのが私の最大の目的ですが、もうひとつの目的は、夏休み中時間が割とある方なので、博士課程受験の準備(主にGRE!)と将来について考えようと思っています。

最近の悩みは、博士課程の専門分野を公衆衛生から人口学に変えようかと考えています。理由は先学期に勉強したPopulation Studiesを好きになってしまったこと、Migration、Aging Society(移住、高齢化社会)を自分の専門分野にしたいと思ったことです。人口学と健康問題はリンクしており、米国ではMPH取ったあとPhD in Demography または Sociologyに行く人は結構多いです。私は数学的な方法で確実に予期でき、答えが比較的まっすぐ出せる人口学になぜか惹かれています。

チュレーンには人口学を学ぶプログラムがありません。今考えているのはチュレーン大学とともにカリフォルニア大学のバークレー校も受験しようかと思っています。サンフランシスコ住みたい・・・。

本日、メータオの内科外来で働く、国際ボランティアスタッフのアメリカ人内科医師ピーターと夕ご飯を食べました。

彼のキャリアは本当にユニークです。現在72歳。医師になって7年目です。医学校には60歳の時に入りました。

その前は30年間、世界銀行の職員としてアジア各国を渡り歩き、経済学の視点から仕事をしていました。主に職場はワシントンDCの世銀のヘッドクオーターオフィスあるいはタイ、インドにいました。

ミネソタ州立大学院でPhDの経済学号を取得した後、たまたま見つけた職が世界銀行でした。
そんな彼に、私の今の悩みPhDで専門分野を変えようか相談したところ、

「アイコ、PhDを取った後何しようか考えなくていいんだよ。情熱を持てる科目を勉強したらいい。情熱を持てる専門分野とともに仕事は何かしらみつかるから。まして君は日本人の女性。世界銀行をはじめとした国際機関は、アジア人の女性の就職を促進しているから仕事はみつかるよ。でも未婚率、離婚率は高いけどね(笑)。こればかりは縁。」

60歳になって医者になろうと医学校に入ったピーター。私の人生、あと50年くらいあるかと思うかと、いくつになっても自分の好きなこと思いっきりできるのではないかと思ってきました。


2012/06/21

メータオ・クリニック破産の危機

メータオ・クリニックが資金不足で困っていることは毎度のことなのですが、今度こそ本当に破産しなければいけないほど火の車です。

現在1億円ほどの予算が足りていません。予想していたドナーからの寄付金がなかったり、減額したためです。理由の大きな原因は今までタイ・ビルマ国境でメータオ・クリニックのために支援していた団体が、ビルマ民主化に伴い国内への支援を開始しはじめたからです。

お金が集まらないクリニック。ビルマ側のミャワディー病院からは転送でメータオ・クリニックに患者さんを送ってしまう始末(メータオの方が医療の質よいの?)。特に雨季でマラリア、デングの患者さんが多くクリニックは大繁盛していますが、無料診察のクリニックは儲かりません。


クリニック受付。長蛇の患者さんの列。

お金を削るために、スタッフの給料を大幅にカットしようか、スタッフを大々的にリストラしようか、緊急性がないサービスは閉鎖しようか等々、毎日議論を交わしていますが一行に決まりません。

20年前に始まったクリニックは、民主化運動で負傷した学生達の診察をするための仮の診療所でした。日に日に大きくなり今ではスタッフ数約650人。国境沿いで暮らす難民、移民15万人以上もの医療を支えてきました。当初一定の期間で閉める予定だったクリニックは国境の保健省になりつつあり、そう簡単に消えることはできません。

難民の帰還支援ってどうすればスムーズにいくのかずっと考えています。

メディアではあまり放送されていませんが、カチン州には約8万人近くの国内避難民がおり今も停戦がなされていません。カレン州は停戦合意の話し合いが進み、現在新たな内戦なく安定していますが今すぐ帰還できるか疑問です。

まず強制移住により村を焼かれ、住居を失った家族が多いこと、地雷もまだ多くあり、簡単に家を建てたり、森に入ったり、農業を進めたりすることは難しいこと、仕事がないこと、学校がないこと等々膨大な問題が国内には山積みです。

上記のことを整理し、難民を受けいられるように、政府が率先していかないと帰還は難しい。

最悪の場合、このままクリニックが破産対策を取らなければ、いつにでもクリニック閉鎖ということになりかねません。あとはみんなで宝くじを買いまくるかでしょうか。。。

2012/06/10

院内感染の調査・結核について

調査はまだ始まっていません。こんな悠長にしていてよいものかと焦ります。今調査に使う質問票の修正が終わり、最終のビルマ語翻訳に入っています(私でなくビルマ人の知人に訳してもらっています)。

今回の訪タイ目的は卒業するための研究です。内容は結核による院内感染について。対象はメータオクリニックで働くメディカルスタッフです。

調査のきっかけは私がメータオ・クリニックで活動していた頃へさかのぼります。院内の感染予防対策(主に手洗い、マスク装着、ごみの分別など)の活動をメインにしていました。当時結核専門の病棟はなく、結核患者さんと一般患者さんは同じ病棟で衣食をともにしていました。マスクはサージカルマスクのみ。N95という結核マスクは高価なこともあってか、誰も使っていませんでした。

そんなこともあり、年間数人のメディカルスタッフが結核患者さんから、感染したであろうと思われる結核を発症し長期の治療を与儀なくされていました。おそらく一般患者さんも一緒に院内感染していた可能性がありますが、その件数は覚えていません。

2年間のクリニックでの活動を終える前に、N95マスクをメータオ・クリニック支援の会から寄付しました。また結核専用病棟を建設しようと新しいプロジェクトを当会で立ち上げ、現在は結核専用病棟に結核患者さんは入院されています。

私の次に当会派遣でメータオ・クリニックに赴任した医師より「N95マスクあまり使われてないのでは」という指摘を受け、なんでみんな使わないんだろう?と疑問に思いました。マスクが高いから?(マスク1枚につき100円くらいします)。他のスタッフもマスク使用しないから?自分を守るために私だったらマスクするけどなぁとずっと考えていました。あのN95マスクを寄付した以来、現地からマスクもっと送ってほしいとお願いを受けたことはありません。

そして現在の結核病棟の問題は、みんな結核病棟で働きたがらないということです。患者さんを見にいかない。

結核感染予防に何か阻むものがあると思い、一度みんなにどうしてマスク使わないのか、どうして結核病棟に行きたくないのか調査をしてみようと思ったのが今回の調査のはじまりです。

調査の手法としてはKAP調査を用います。Knowledge(知識), Attitudes(態度), Practices(技術)の視点から、質問票を用いて全病棟スタッフに質問票に答えてもらいます。匿名調査ですが、みんな自分たちをよく見せようと調査にバイアスがかかる可能性があるので、私も各病棟観察しにいきます。

質問内容は例えば「何があなたのN95マスク着用を妨げますか?」
a, 着用の必要性をしらなかった。
b, 高価だから使用しない。
c, 他のスタッフがしないから使用しない。
d, N95マスクは結核対策に重要でない。
などです。一応、WHOのガイドラインやすでにアフリカの国で結核のKAP調査をされた論文を読み、その調査内容をもとに質問票を作成しました。

この調査結果より、院内における感染症対策のプロトコール(手順)を作成する予定です。このプロトコールを作成するにあたっても、私の意見しか反映されないのでは意味がないので、プラニングを病棟スタッフと一緒にできればと思っています。

この春学期に学んだHelping Health Workers Learnの手法を用いてオーナーシップをメータオ側にもってもらえるようにやっていけたらと思います。

今回はこの調査だけでなく、クリニックの結核年間レポートをローカルスタッフ、米国人のボランティア医師とともに作成する予定です。ついていけるか心配だけどいい機会と思って勉強します。




2012/06/05

環境の日

今日は世界環境の日です。メータオ・クリニックでは感染予防チーム率いる環境の日チームが力を合わせて、環境の日イベントを開催しました。

院内に設置されたリサイクルの看板。すべてゴミで作られています。アートです。

メータオクリニックではごみの分別が日本ほどきっちりされていません。もえるごみ、プラスチック、資源ごみ等々。タイ自体があまりリサイクルに力をいれていないような気がします。

本日のイベントでは環境の日にちなんで、院内に設置されたペットボトル捨て用のごみ箱に、ごみを分別して捨ててもらえるように患者さんや近所の学校の生徒へデモンストレーションをしました。

ごみの分別をする患者さん

環境に関するビデオをみたりしごみの分別の練習をするビルマの人たち、みんなまじめです。現在、当会の現地派遣ナースが日本に一時帰国してていないのですが、現地の人たちで頑張って取り組む姿をみて、ビルマの人たちって本当まじめだなとなんだか感心してしまいました。

全く環境の日に関係ありませんが、メータオには小さな子どもたちがたくさんいます。子どもみるだけで癒されます。日本は高齢化が進んでいるので街で小さな子どもたちをたくさん見かけることが少なくなっているような気がします。

環境の日を影からずっとみていた女の子。顔にたなかを塗ってめちゃかわいい。思わず写真を撮らせてもらいました。お母さんにしがみついて私の顔をじっとみていました。私が変なビルマ語使うから?(汗)

昨日は月曜日で小児科外来の予防接種の日でした。赤ちゃんがいっぱいいました。


メータオ恒例のさなぎの赤ちゃん。本当はあんまりきつく赤ちゃんをくるんだらいけないんだとか、日本の助産師さんが言っていたような気がします。子どもが手や足をのばしずらいから。巻き方にメータオの産科がつっこんでいるかわかりませんが、さなぎの赤ちゃんいつも癒されます。小児科外来、産科にはさなぎの赤ちゃんだらけです。

私は独身で子どももいないのでわかりませんが、子どもを育ているのは公衆衛生を大学院で勉強するよりも学ぶことが大きいような気がします。人として。子育てしながら働くビルマの女性たちを見て尊敬します。いつか私もお母さんになれるのかしらと思う小児科外来でした。

2012/06/03

スーチーさんを追いかける一日

メソトの長い一日が終わろうとしています。今日はあのアウンサウンスーチーさんがメソトへ飛行機に乗って来られました。私も空港から一目でもお会いできないかと朝早く、友人とともにランチを作り空港へ行きました(クリニック同僚のタイ人の友人宅でお世話になっています)。

空港前の道路にはメソト中のビルマ人が集まってくるんではないかと思うぐらい、ビルマ人の人だかり。


あ~スーチーさんが空港からでてきた!タイ警察の車に連れられて

おー・・・早すぎて行ってしまった。。。


メソト近くにあるメラ難民キャンプを訪問するためにメラ方面へ行かれたスーチーさん。メソトに住んでいる人たちはメータオに移動してきます。スーチーさんが難民キャンプ訪問後、午後1時にクリニック訪問予定となっていました。よい席を取るためにみんな移動です。


スーチーさんを待つ中、みんなスーチーさんの歌を合唱。何かの祭りか~!?と思うくらいすごい人だかりと熱気です。こんなに多くの人がスーチーさんを一目みようと訪れていると思うとスーチーさんはビルマの人たちの希望なんだなと肌でつくづく感じました。
「Daw Suu Kyi! Daw Suu Kyi!(ビルマ語:スーチーおばさん)」と叫ぶ人々。

スーチーさんが15分後に来るからみんな列を作って!車で入るから!と言われ群衆が一瞬シーンとし、その鼓動が聞こえるようでした。スーチーさんが来るんだ・・・!歴史的瞬間・・・!シンシア先生もスタンバイしています。
スーチーさん訪問のために作られていた垂れ幕

15分後
「スーチーさん訪問は残念ながらキャンセルされました。皆さん、帰宅してください!」
とアナウンス。

えーー!とみんなの落胆した声がクリニックに響き渡りました。

はい。残念ながらスーチーさんは難民キャンプはご訪問されましたが、クリニックには来られませんでした。クリニックのあまりの人だかりの熱気からもありタイ政府がセキュリティーを考慮して、メータオ訪問の許可をされなかったようです。

スーチーさんに一目でも会いたいという自分自身もありますが、何よりタイで暮らすビルマの人々にとってスーチーさんの姿や声は未来の希望につながります。そして国際社会がビルマ国内の支援ばかりに目が向気がちな今、途絶えがちになっていたタイ・ビルマ国境の支援にもつながります。

いつかシンシア先生とスーチーさんが会談される時が来ることを期待したいです。

2012/06/01

帰ってきたメータオ

昨日の夕方無事に国境の街メソットに到着しました。到着早々にメータオ・クリニック訪問。1年ぶりの訪問に”みんな私のこと覚えているかな・・・?”とドキドキしながらメータオ・クリニックに行きました。

「せやまアイコー!マトゥイダチャビノー!(ビルマ語:あいこ先生、久しぶり!)」

と明るい声が病棟を周るたびに聞こえ、嬉しくて涙がでそうになりました。みんな何年たっても覚えててくれてるんだ!結婚して子どもができたというスタッフもたくさんいました。私がはじめてメータオに来たのは2007年7月。あれから約5年です。月日がたつのは早いものです。

「どのくらいメータオにいるの?結婚したの?子どもはいるの?」などなど質問攻め。いつもこの結婚、子どもの質問をされる度に少し胸が痛くなるのですが・・・。

みんなの明るい笑顔を見るたびに私も不思議と笑顔になります。こんな素敵な笑顔ができ、心が豊かな人たちは今の日本や米国では本当限られているのではとつくづく感じさせられます。

「ご飯食べた?食べて行きなよ~!」の連続。なんでこんなに懐かしい気持ちで胸がいっぱいになるんだろう。やっぱりメータオ・クリニックは私の第2の故郷です。

明日はアウンサウンスーチーさんがメータオを訪問される予定です。時間や場所は決まっています(一応内密にと・・・)。本当に訪問されるのでしょうか?未だ信じられません。

ひとまず明日一日はその歴史的瞬間を見逃さないようにメータオで張り込みです。

以下メソト市内散策中で撮影した写真とメータオの写真。


雨季でずっと雨が降っています。


しゃれたパン屋さんやカフェが街の中に増えています。


ホンロンマーケットが改装されてきれいになっていました。テスコより見た目はきれいだな~。


当会の現地ナースの支えもあり、水場に石鹸がありました。
また手洗いのポスターがしっかり貼られていました!

2011/07/10

メータオ最後の日

メータオ・クリニックがあるメソトから離れる日がきました。本日の夜、夜行バスに乗ってバンコクへ戻ります。クリニックの皆、メソトの友達と離ればなれになり、ビルマ・タイ料理が食べられるなくなると思うと寂しくて帰りたくなくなります。
私の大好物のカオ・ソイヌードル。学校保健スタッフの奥さんが作ってくれました。

昨日は久しぶりに私たちが支援しているHope学校、またBest Friends学校を訪問しました。土曜だったので学校は閉まっていましたが寄宿舎で暮らす生徒は何人かいました。

Hope学校では学生数が200人近くになり今の建物だけではスペースが足りないようです。トイレも200人に対して2つのみ。メータオ・クリニック支援の会が改修した校舎や、寄付したジェネレーターポンプ、机などは健在でした。

BestFriends学校は以前あった場所から引越しをし、建物を建て直しました。以前あった場所はタイコミュニティーとうまく行かず、タイ警察からの逮捕を恐れ、移民学校周辺の村の人たち、生徒たちが森に隠れ避難するという緊急事態となりました。私がクリニックで働いていたときに水などの緊急支援をしたこともあります。今のBestFriends学校がある場所はコミュニティーとうまく行っており比較的に落ち着いているようです。
BestFriends学校の寄宿舎で暮らす子供たち。

今回の訪問で感じたこと。メータオ・クリニック、その周辺メソトの町が目覚しく発展しています。クリニックでは新しい建物が立ち、メソトには外国人用カフェ、ゲストハウスが並び商業も発展しているように思います。現在クリニックでは初診の患者さんから20バーツ(60円ほど)いただいていますが、そのほかの患者さんの診察代は無料です。何万人という人々の医療を支えるクリニックがはたしてこのまま無料診療を続けてよいのか疑問に思うことがあります。急成長を遂げるタイ側で働く移民労働者には診療費の請求を課すことをそろそろ考える必要があるのではと感じさせられました。マイクロファイナンスを導入していく時期にクリニックが来ているのでは・・・そんなことを考えていました。
3日前感染予防の会議に出席しました。メータオ・クリニック支援の会(JAM)の紹介もしました。

未熟児室にいた両親に捨てられた赤ちゃん。親戚が面倒みていました。

2011/07/08

帰ってきたメータオ

今日1年ぶりにクリニックに行ってきました。何度も恋焦がれて行きたかった場所。
忙殺された急がしい東京での病院勤務の中でも、何度となく目を閉じるとそこにメータオ・クリニックとそこで働くみんなが私の近くにいるような気がしました。特に夜勤明けでぼーっとしながら街を歩いていると奇妙な感覚に陥るほどです。どれだけ私がメータオのことを好きか言葉で表現できません。

久しぶりのクリニック。みんな私のこと覚えてるかな?とクリニック内を散歩しているとみんなからたくさんの声をかけられもう夜には声がかれるほどです。みんなの質問はほぼ同じで「結婚したか?夫はいるのか?」「なんでそんなに痩せたのか?具合が悪いのか?」「いつ来たのか?いつ帰るのか?」などなど。去年も同じこと聞かれたなー。

変わらない長く働くスタッフ。第三国定住で米国に行ったスタッフ。年長になり昇進したスタッフ。結婚し子供ができたスタッフ。時の流れを感じさせられます。

一方クリニックがあるメソトの街は国際NGOの外国人用カフェなどが増え発展し少し残念でした。ヤギ、鶏、牛の鳴き声が聞こえる街だったのに。田舎らしいメソトのほうが好きです。またクリニックも目新しい建物が建っており、こんな建物建てるならランニングコスト(患者さんの食事代、薬代、光熱費など)に使ったほうがよいのではとも思わされました。

クリニックとメソトの街が変化するなか国境の情勢も日々変化しています。Friendship Bridge(タイ・ビルマの国境の友好橋)は閉まったまま。内戦の状態は変化せず今も難民が流出しているようです。国内避難民エリアは100万人近いのではなどとも聞きました。急速に増加している寄宿舎で勉強する子供の数。メソトの国境地帯でクリニックが支援する子供数は600人を越え、その食料費などが不足していること、また昨年の11月のように大量に難民が流出するのではクリニックスタッフは懸念しているようです。そのために数週間前クリニックでは緊急支援要請の声明をだしました。

また私が活動していた院内感染予防チーム。それに従事していたスタッフも減り活動が危機にさらされているようです。明日早速会議に参加し話を聞いてくる予定です。メータオでまた働きたい!みんなのきらきらした笑顔をみているとそんな思いが高まります。

米国での勉強中、メータオについての論文をかけないかと今から考えています。そしてまたメータオに長期で滞在したい。今から首を長くしてそのときを待ちます。

美味しいビルマ料理。大好物のお茶の葉サラダ。小児科外来のスタッフがお昼ご馳走してくれました。




2011/06/19

メータオ・クリニック支援の会からのお知らせ

先日メータオ・クリニックからの緊急支援の依頼がありました。

それを受けメータオ・クリニック支援の会でもビルマ市民フォーラム、日本ビルマ救援センター、(社)アムネスティー・インターナショナルと共同でこの緊急支援への賛同表明を発表しました。詳しくは当会HP「緊急支援の呼びかけ~メータオ・クリニック シンシア・マウン医師の声明を受けて~」をご覧いただければ幸いです。
http://www.japanmaetao.org/mag/maetao-suport.pdf

YouTubeでは日本の支援者に向けたシンシア医師からのメッセージがご覧になれます。
(うちの会の日本事務局・田辺さんが作りました!日本語字幕すばらしい。そしてYouTubeでのアップ!)
http://www.youtube.com/watch?v=uORCjGsSVQk

また以下、シンシア医師の声明文を和訳したもの、また英文を記します。

支援者のみなさまへ

ご支援のお願いのためこのメッセージを書いています。

ご存知のように、2010年11月にビルマで行われた選挙後、ビルマで紛争が勃発し、何千もの人々がタイに流入しました。メータオクリニックと協力団体はこの難民保護のため最も必要とされたシェルターと食料を提供してきました。

しかしながらこの紛争は停戦の兆しを見せず、人々のわが子への心配は募るばかりです。彼らは家に帰りたいと熱望しながら、地雷や強制労働、戦闘といった危険に阻まれています。日中はなんとか家に戻り軍隊から家や畑を守る村民もいますが、夜間は安全のため国境を超えタイ側に避難しています。

この紛争に影響を受けた子どもの状況はさらに深刻です。ビルマ国内の学校は休校となったままで、親たちは教育が滞ることを懸念しています。メータオクリニックとその他の団体はモバイル教育ユニットを結成し、こうした子どもたちに教育の機会を与えるよう努力してきました。しかしできる限りの安定と保護を提供するため、より長期的な政策が必要と思われています。

メータオクリニックと関連団体、紛争被害地域団体は寄宿舎と学校がこうした状況を改善するのに適した場所だと判断しました。現在606名の紛争の直接被害児童を確認し、寄宿舎と学校に住まわせています。こうした寄宿舎は国境の近くに位置し、困難な状況においても家族が近くで暮らす機会を与えています。

私たちは子どもたちへの食糧供給のため、みなさまの支援を必要としています。メータオクリニックは紛争勃発前より2805名の児童に対してすでに食糧支援を行っており、今年6月(新学期)からは10%増と予想していました。しかし現在の児童数の増加は想像以上であり、すべての子どもたちに食料を与えるための予算を組むことができません。助けていただけないでしょうか?

300バーツ(約900円)で1人の子どもに1ヶ月分の食事を与えることができます。これからの10ヶ月間この子どもたちを食べさせるのに、180万バーツ(約540万円)が必要です。みなさまのできる範囲で紛争によって避難を余儀なくされた子どもたちを守って下さい。

以下のウェブサイトより直接寄付ができます。
www.maetaoclinic.com/donate

どんな小さなお心遣いでも光栄に思います。

みなさまとご家族が平和でありますように願っています。

シンシア・マウン
メータオクリニック院長


Dear Friends,

We are writing to ask for your help.

As many of you will know, conflict broke out in Burma following elections in November 2011, forcing thousands of people across the border into Thailand. Mae Tao Clinic and its partners have been assisting these refugees hiding along the border by providing much needed shelter, food and protection.

But the conflict shows no sign of stopping. And parents are getting increasingly worried about their children. Although people have been expecting to go back home, many dangers face them and their children on their return, such as landmines, forced labour and fighting. Some villagers return to their properties during the day to try to protect them from the army, but they still must seek safety across the border at night.

This situation is highly disruptive and distressing for the children affected by the conflict. Schools still remain shut in Burma, yet parents have been expressing a concern over their children's education since November. Mobile education units were set up by MTC and other organizations in a bid to give them access to education, but a longer-term solution is now required to provide these children with some semblance of stability and protection.

MTC, its partners and the community affected by the conflict have agreed that integration into boarding houses and schools is the best solution for the children at this time. We have identified 606 children directly affected by the conflict and are now giving them places in boarding houses and schools. These boarding houses are close to the border, giving the families an opportunity to remain close, despite the difficulty of the situation.

We now desperately need your support to provide food for these children. MTC was already feeding 2,805 people before the crisis and we had budgeted for a 10% increase in student numbers in June. But the current rise has been unprecedented and we do not currently have the funds to cover the cost of food for these children. Could you help?

It costs 300 baht to pay for a month's supply of food for each child. To feed these children for the next 10 months, we need 1.8 million baht in total (approximately $62,000 USD). You can help us protect and provide for these children displaced by the conflict by giving as much as you can. A donation of $20 can pay to feed a child for two months. Please visit www.maetaoclinic.com/donate to make a vital contribution.

We are grateful for whatever you can contribute to help these children affected by the conflict.

Peace and warm wishes to you and your family.

Sincerely,

Dr Cynthia Maung
Director of Mae Tao Clinic