2013/08/11

番外編―その後の私

皆さん、ご無沙汰しています。去年12月にブログを終了した後も、私のその後の進路を心配され、ブログを訪問されている方がいることを知りました。

おかげさまで今年2月末、チュレーン大学公衆衛生熱帯医学大学院より博士課程進学の合格通知をいただきました。ただ給付型の奨学金には合格することができず、2013年8月より進学希望していましたが、2014年8月に入学を延期しました。

あと1年間、また給付型の奨学金に応募し、なおかつ研究フィールドであるタイ・ミャンマーの国境で国際保健のプロとして経験を積む予定です。

来年8月に渡米を目指し、また日々、研鑽していきたいと思います。

その後の私は以下のブログをご覧ください。

http://coolheadandwarmheart.blogspot.com/

2012/12/24

さようならチュレーン、ニューオーリンズ、アメリカ

いよいよ旅立ちの時間が近づいてきました。早朝の便で日本に帰ります。

明日の朝4時に留学生の中でもとても仲が良かった中国人の友達に、車で空港まで送ってもらいます。朝早いからタクシーで空港にいくから大丈夫と言ったのですが、最後の最後まで私にお別れを言いたいからと彼女。彼女の顔をみたら泣いてしまいそうです。

この数日間、たくさんのお世話になった皆さんにお別れ会を開いてもらい、お手紙やお土産をたくさんいただき、私が今までどれだけたくさんの人に支えられてて過ごしてきたのかを感じていました。日本でもタイでも、たくさんの人に支え応援してもらい、無事卒業できたんだなと感謝の気持ちでいっぱいです。

私のブログは日々の勉強の話や、進路のことばかりで、自分の本質をあまり書く機会がなかったのではと思うのですが、幼い頃から私の夢は途上国で働くことでした。

その夢を実現させるために看護師になり、経験を積んで、タイ・ビルマ国境のメータオ・クリニックで医療ボランティア活動をしました。

クリニックで目の当たりにした、社会の主流から取り残されたビルマの難民、移民の人々が直面している現実に何もすることができず、むしろ彼らから人と人とのつながり、心の豊かさを学ぶばかりでした。

仲良くなったビルマ人スタッフは私にこう言いました。
「あいこには私達にはない自由がある。私たちのような人間が世界のどこかにいることを伝えて。」

レイプされたわずか9歳の女の子の怯えた顔。地雷で足がなくなった痛みに泣け叫ぶ患者さん。末期のエイズの母親を看取る子どもたち。

クリニックで目で見て肌で感じたことは色あせることなく、国際保健の分野で、私の人生を社会の主流から外れた人々のために捧げたいと思うようになりました。

チュレーン大学で国際保健を深く学ぶたびに、私の気持ちは確固なものとなりました。さらに専門性を高めるため博士課程に進んで、難民、移民、またビルマの人々を対象にした研究をすることを希望としていますが、たとえ進学できなくても、私を取り巻く周りの環境が許す限り、国際保健の分野でなんらかの形で活動していく決意をしています。

ニューオーリンズのコーヒーの香り、どこからともなく聞こえてくるJAZZの音色、陽気な街の人たちの声、壮大な送別会を開いてくださり、私の勉強をずっとサポートしてロータリーの皆さん、アットホームな大学院の先生たち、一緒に勉強した同志のクラスメート、留学生たちの笑顔。

私が今まで毎日当たり前にしていた光景が明日から消えてしまうのかと、寂しさが募ります。

最後まで皆さん、応援していただき本当にありがとうございました。
自分の可能性を信じて、また新しい扉を開いていきたいと思います。

Aiko

(このブログはこれでいったん終了にしようと思います。もし進学が決まれば、新たにブログを始めるかもしれませんが今日で終わりにします。今まで読んでいただきありがとうございました。)










2012/12/21

Tulane life is over 卒業。帰国まであと3日

やっとすべてのテストの結果が返却(オンラインで成績が見れます)。全て試験をクリアしたので、卒業しました!論文もその他のもろもろも全てクリアし、あとは成績のみでした。

12月は卒業式がないので、実感がありませんが。米国の卒業式はだいたい春の5月頃に一斉にされます。卒業のタイミングはうちの大学の場合は5月、8月、12月です。来年早々、実家に大きな卒業証明書が送られてくる予定です。

テスト期間中は夜中3時まで図書館で勉強をする日々が続き、途中で何度もこのテストという試合を離脱しようと思ったことか・・・。平均睡眠時間は4時間でした。夜中3時でも結構勉強している人多いんです。大学の図書館が24時間365日使えるから。

がんばった甲斐あってか、最終MPHの私のGPAは3.67になりました(今学期B+を一教科取ってしまったけど、あとは全てAまたはA-を取りました)。

今日またGREを受け、前回のテストと同じスコアだったため、もう一度日本で受けようかと考え中です。私のスコアはVerbalとMathを合わせて301点(旧式でいうと1100点くらい)。GREの点数は博士課程の必須条件ではないけど、米国人の学生と同じスタートラインに立ちたいのでがんばろうかと思います。

TOEFLは勉強せずに受けたわりにはよかったほうかも。ibTのテストが95点でした。私は80点台のぎりぎりのスコアでこの大学院を受験したので、この1年間ちょっとで、少しでも英語が伸びたのかもしれません。

今日から荷物のパッキングを開始します。先週末から帰国まで、米国人のクラスメートや留学生の友達とのお別れ食事会が続き、明日はロータリーのホストファミリーが私のために送別会を開いてくれます。留学生の友達も招待して。私の学科の中で、12月の留学生の卒業生は私だけなのでみんなに会えないのは寂しく、考えただけで泣きそうです。支えてくれる皆さんには感謝しても感謝しきれないくらいです。

アカデミックアドバイザーのマーク先生にさようならするだけでもつらかったです。最後に私へ手紙を書いて私にくれただけで半泣きです。"I am optimistic. Don't worry, you will come back!"と言ってくれました。本当に来年博士の学生として帰ってくることができればよいですが。

帰国まであと3日。最後にニューオーリンズを堪能して帰ります。



2012/12/08

帰国までおよそ2週間

昨日でMPH生活の全ての授業が終わりました。あとは2つのペーパーと期末テスト1教科のみ。

博士課程の奨学金のためのTOEFLを今日受験し、GREは帰国4日前に受ける予定です。最後の最後までねばります。

授業も終わり、もうこのニューオーリンズにいる時間もわずかと思うと、郷愁に浸りたくなる気持ちです。ただやらなければいけないことが多すぎて、そんな暇もないと言った感じです。

今抱えている1つのペーパーはDHS(Demographic Health Surveys)で働いていた教授から、ルワンダのHIVに関する生データをもらい、それを分析し、レポートに落とすというもの。こういう課題は実践的でやりがいがあります。Monitoring & Evaluation of HIV/AIDSというクラスの最終課題で、今学期でも1,2に興味深かったクラスです。

もう1つのペーパーは開発学の最終課題で、教授のだした選択本を1冊選び、それに関してケーススタディーし分析、ディスカッションし仕上げるというもの。6ページです。この読物が最後!

最後の期末テストはSurvey of Environmental Health(環境衛生の調査)というコアコースのテストです。このクラスはコアだけにあまり面白くなかったかも。やっぱり上記の選択クラスは面白かったけど(ただPhDの学生向けのクラスだけに大変でしたが)。

帰国まであと17日。ゴールは目の前。気を引き締めて最後まで走り抜けます。

(東北でまた大きな地震があったことをオンラインニュースでみました。寒い時期になり、大きな地震が来ると、あの3月11日がフラッシュバックされるのではととても心配です。もうこれ以上大きな地震が日本にきませんように祈るばかりです。)

2012/11/27

牛を売るか?売らないか?

この1か月で、まるまる英語の本、2冊を読みました。しかも開発学の授業の本なので、奥が深い。米国人のクラスメートも「Dense! (難解だ!)」とみんな言っています。

2冊目の本は、まだ読みやすく、スタンフォード大学の教授のJames Ferguson氏が書いた「The Anti-Politics Machine」という本。Amazonはこちら→The Anti-Politics Machine

この本はアフリカ南部のレソト王国という国で、1970年代後半に世界銀行とCanadian International Development Agency(CIDA)というカナダ政府の国際開発部が始めたプロジェクトの話。

何億というお金を投入し、家畜業の改善、地方分権化を図り、レソト王国内の市場経済の促進をしようというもの。

はじめは軌道に乗ったかと思われたプロジェクト。しかし、プロジェクトが終わる5年間の間に様々なことが起こります。

経済の循環がうまくいかず、いつまでたっても貧困で、教養もなく、家畜業を効率的にやること(Livestock Development)が重要だと思った世銀スタッフとCIDA。

プロジェクトサイトの郡に牛用の牧場を立て、そこに村人の牛を預けると、訓練を受けたローカルスタッフが牛の成長を改善させ、その改善された牛は村人のもとに帰ってき、村人はその牛をマーケットへ高価格で売り出す。

効率的に健康な家畜を育てなければ、牛の価値は下がるし、マーケットに売り出すこともできない。

この理論を世銀、CIDA、政府から受けた村人たちは、「わかりました。協力します!」と言い返事はよいものの、誰も牛を預けにこない。やがて牧場の草を食べる牛はほとんどいなくなり、牧場の草は伸びきって、とても牛が歩けそうにもないし、肝吸虫が牧場にはたくさんいるという噂までたつ始末。

このことを不思議に思った筆者(人類学者)はなぜ人々が牛を渡さないのか調査にでます。

そのインタービューの様子がこちら↓

筆者:もし誰かが牛をあげるとあなたに言ったら、牛をもらいますか?

村人:もちろん。もらいます。

筆者:じゃあ、牛をあなたはもらったこととしますね。その数週後、まだ別の人が来て、もしあなたの持っている牛を高い値で買いたいと言ったらどうしますか?

村人:え?その人は私の牛が欲しいのですか?

筆者:そうです。あなたの牛を高値で買いたいと言っています。

村人:それなら、私は売りません。売らないと思います。

筆者:どうして?

村人:牛は私のものです。わかっています。私は牛を売って、お金を得るべきと。でも牛を売るのは特別な時しか売りません。

筆者:どうして?高額な値で売ってほしいと頼まれているのに?

村人:うーん・・・。

筆者:牛を売ることはできないんですか?

村人:私は決して牛を手放すという選択はしないと思います。だってそれは私のものだから。

こういうやりとりが何度も続きます。筆者は気づいたのです。旱魃に襲われたときも、政府は牛が死ぬ前に牛を早く売り、お金に変えなさいと村人に通告しても、誰も売ろうとしなかったのです。

なぜなら、牛は村人(特に男性)にとってプライドだったからなのです。それはお金には変えられないもの。たとえ牛が弱っていて、死にかけでも牛の数は、彼らのプライドとしてそのコミュニティー内で認識されていたからです。

じゃ、牛を売って、たくさん牛を買えばいいじゃないの?と思うかもしれないですが、彼らの文化、社会規範が私たちの常識よりも上回り、そうはさせないのです。

ブログで簡潔に説明するのが、難しいのですが、よかれと思ってやっている西欧の支援が村人たちの文化を蝕むことがあります。最後には管理能力の低い国で、地方分権を導入すること自体が、さらに利権の奪いあいを高め、プロジェクトの運営どころではなくなってしまいます。

筆者はこの著書で解決方法を述べていませんが、開発援助の世界ではこんな事例が山ほどあるとエピローグで語っています。現地の貧しい人がなぜ開発がうまくいかないのかを知っていたのに、そこを援助団体は見逃していたのです。

私もメータオ・クリニックにいた時に、患者さんがマラリアに罹るのはマンゴーを食べたせいだからだと信じている人が多かったのを不思議に思っていました。よく途上国でマラリアの蚊よけの蚊帳を漁業用のネットとして使っていることが失敗例として出されています。

牛の話とは関係ないですが、こういうルーツを調べたらなんだか、マラリア対策や他の問題ももっと改善したりしないかなと思います。

2012/11/23

Happy thanksgiving!

今日はアメリカ国民のもっとも重要ともいえるThanksgivingの日です。学校は休み。去年と同様、ロータリークラブのホストファミリーの家にお邪魔し、ご飯を食べてきました。今年も動けないほど、たくさんおいしいものをいただきました。


このThanksgiving休みは今週日曜まで。この間にPhDに関係する奨学金の書類(量がものすごい多い!)を書いたり、読み切れてなかったReadingを読んだりこの休日に大変助かっています。

修士課程卒業までもう1か月を切りました。あとは期末テストと残りの宿題を片づけるのみ。帰国まではあと1か月です。その間になんとTOEFL(これは奨学金の書類のひとつ)とGRE(11月上旬に受けた点数が2点足りなかった・・・)を受けます。PhDは出願しました。12月のGREスコアがよければもう一度提出し直そう思います。

ゴールはもう目前。最後の最後まで全力を注いでMPH取得まで走り切ります!

2012/11/10

チュレーン大学公衆衛生熱帯医学校100周年記念

久しぶりにブログ更新です。論文の最終提出や授業のプレゼン、またタイトルからお分かりになるように本日学校の100周年記念があったので、その学生ポスタープレゼンの準備とずっと忙しい日々が続いていました。しかもまだPhD進学の書類準備とGREの勉強しています。

今日は私が所属する公衆衛生熱帯医学校の100周年記念式典がありました。この大学の公衆衛生学校は米国で実は一番古い歴史のある学校です。

1800年代に米国南部に蔓延していたマラリア、コレラ、黄熱の研究をするための州医学校として設立されました。

そこから派生し1912年に設立された今のチュレーン大学公衆衛生熱帯医学校です。アフリカのアンゴラで臨床をし、ロンドン大学公衆衛生熱帯医学校で勉強した米国人医師がこの学校の設立者です。そしてMPHができたのは1947年です。今のチュレーンのうたい文句は「チュレーンは国際保健が国際的に注目される前からGlobal Healthをやってきました」。なのでA Century of Commitment to Global Healthが大きくいたる看板に書かれています。

大学周辺では100周年記念のポスターが並びます。

校舎にも100周年の看板。

学校玄関にもポスターがずらり。

こちら学校ロビー。大きな100周年垂れ幕がかかっています。

ポスタープレゼンの参加賞として100周年オリジナルTシャツをゲットしました。そして今月号のAmerican Journal of Epidemiology(疫学の米国雑誌)はチュレーン大学100周年の特集です。

明日も式は続き、エモリー大学、米国疾病予防センター(CDC)、ハ―バード大学、ロンドン大学公衆衛生熱帯医学校の学校長などのゲストレクチャーがあります。盛り上がりそうです。米国の大学院で勉強していると他の米国の公衆衛生学校のゲストレクチャーに参加できる機会もよくあります。

まあ、なんてタイミングに私はチュレーンで勉強しているのかと感慨深いです。そして実は私の30歳の誕生日だったりします。時間が経つのは早いです。

20代は本当にいろんなことに挑戦し、親元から離れ、上京して就職し、タイ・ビルマ国境に行って医療ボランティアをしたり、長崎大学で熱帯医学を勉強し、最後には米国の公衆衛生大学院で勉強と、実に人生は予測がつきません。猪突猛進で突き進んだ20代でしたが本当に楽しかったです。子どもの頃からの夢が目標へと変遷していった20代。

30代はできれば博士課程に進学し、この分野を極めて専門家として自分が大好きと思える仕事をしたいです。願わくば40歳になったときに子ども二人くらいを育てながら、旦那さんとどこかの途上国で働けてたら最高だなぁと思います。少子高齢化に関心があるので結婚、出産をし日本社会へも貢献したいなと思います。

30歳を無事迎えられたのも、いつも支えてくださる周りの皆さん(あまりにも多くの方に支えられて今を生きていると感じます)のおかげです。本当にありがとうございます!

2012/10/31

メータオ・クリニック院長来日決定!

メータオ・クリニック支援の会よりお知らせです。
タイ・ビルマ国境の町メーソート。
そこで祖国ビルマを離れてタイへ渡って来た15万人の難民・移民に無料診療を続ける
「メータオ・クリニック」
 
ビルマが「民主化」に向けて変動する一方で、保護を求めてタイへ渡る患者や子どもの数は
世界の目が国内へと向き始める中、必要な支援を得ることはますます困難となっている。

自身もカレン人難民である院長シンシア・マウン医師が20年以上にわたる活動、そして国境のいまを語る。
シンシア・マウン医師 略歴
1985年ヤンゴン大学医学部卒
1989年メータオ・クリニック創設
2002年ラーマン・マグサイサイ賞受賞
2005年ノーベル平和賞ノミネート
2012Democracy Award 受賞

【東京会場】1117日(土)
 東京都港区日本財団ビル1階バウルーム 14:00~  
参加費1000円 
通訳 田辺寿夫(U Shwe Ba
歓迎会 同ビル8階 18:00~ 参加費2000
(担当:田辺support@japanmaetao.org

【横浜会場】1119日(月)
 神奈川県横浜市東洋英和女学院大学 13:1016:20 参加費 学生無料 一般1000
    *事前申し込み必要 
お名前、ご所属、ご連絡先を添えて
1110日までに下記までお申し込みください。
(担当:田辺文support@japanmaetao.org

【越前会場】1121日 (水)
 福井県越前市健康福祉センター4F多目的ホール
19002000 
 参加費無料
(担当:泰圓澄一法taian1973@gmail.com

【福井会場】1122日 (木) 
     福井県福井市AOSS A6F 601A
18451930 参加費無料
チャリティー夕食会 
19402130 参加費 1万円 
(担当 林宏征、畑勝浩:midorikanjp@gmail.com

【大阪会場】1124日 (土)
大阪府大阪市ドーンセンター4階大会議室1 18:00~ 
参加費 500円  
  (担当:中尾恵子brcj@syd.odn.ne.jp)

主催:
メータオ・クリニック支援の会 
ビルマ市民フォーラム 日本ビルマ救援センター
公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本
共催:公益財団法人日本財団

参加費は全てメータオ・クリニックへ寄付させていただきます。皆様のご参加お待ちしています。






2012/10/27

アメリカ人って・・・

昨日授業の一貫として大学のTED Talkのイベントに参加してきました(http://tedxtu.com/

TEDとは米国発のオンラインカンファレンスというのでしょうか。社会問題に取り組む企業家や教育者などいろんなフィールドから来た人の話がオンラインでみれます。英語版→http://www.ted.com/
日本語版→http://www.ted.com/translate/languages/ja

昨日のイベントでは私の友人でもあるMPHの学生が、インドの田舎でヒューマンパワープロジェクトを立ち上げたという話しや(トイレがないインドの田舎に、トイレを設置し便から発生するメタンガスを使い電気を作るというプロジェクト。DELLで助成金3万ドルを獲得しこの秋からプロジェクト着工の予定。http://www.dellchallenge.org/projects/humanure-power-project)、途上国に住む若い少女に立ちはだかる強制的結婚を反対するために、18歳の公衆衛生学部1年生の学生がNGOを立て助成金を集めている話を聞いたりしました(彼女のNGOのPVはこちら*チュレーンの公衆衛生大学院もみれます→http://www.youtube.com/watch?v=YwEhKu3T51Q)。

私がこのカンファレスにでて、あらためて思ったのは、米国人って野心があり、プレゼン能力が高い人が多いなと思ったことです。

米国に住み1年が経ち、思うことは米国人と日本人は本当に全く違います。今思えば1年前米国に来たとき、私はややカルチャーショックに陥っていたのかもしれません(タイに住んでた時はそんなことなかったのですが)。

以下は私が思う多くの米国人に共通するのではないかと思うことです。ただ私が会ってきた米国人はチュレーン関係者が多いので私の意見に偏よりがあるかと思いますが・・・

①はっきりと意見を言う。プレゼンがうまい。ユーモアのセンスがある人が多い。

②言い訳をすると言えば聞こえが悪いですが、理由を必ず述べる。
例)I think .... because.....と言う。

③さっぱりした性格が多い。
ねちねち悪口を言ったり、イジメが起こることはなさそう。He/She is different とかweird.で他人のネガティブな面は片づけられるかも。そして他人を気にしない。

④小さなことは気にしない。楽天家が多い?
嫌なことがあってもすぐに忘れているような。。。スチューデントローン9万ドル(約750万円の借金)あってもみんな明るく生きています。表面上かもだけど。

⑤自分が一番だと思っているかも。自分が大切。
たぶん、米国の教育方針?謙遜するという文化はない気がします。先生も親も子どもを褒めて育てます。けなして怒ったりしない気がする。

米国はアジアの世界のように空気を読んだり、周りを気にしたり、謙遜したりという文化がないので、それに慣れていない人は留学してしばらく疲れるかもしれません。私ははじめそうだったような気がします。もう今は慣れたし、周りに干渉されない文化はそれはそれで楽なような気がします。米国一生住むのは希望していませんが(国民皆保険制度がしっかりしていない国では病気になれない!タイの30バーツ国民皆保険制度なら住みます。)、若い年齢のうちに日本と全く違う文化のもとでおもいっきり勉強するには最高の場所だと思います。


2012/10/19

国際協力、国際開発

やっと今週はじめの3教科の中間テストが終わりました。論文のアウトラインも提出しひとまずほっとです。あとTake Home Examの中間テストが1教科だけ。

今週から新しい授業「Development Theory(開発論)」がはじまりました。授業を教えるのはうちの大学及び公衆衛生大学院からExcellent teaching賞をもらったことがあるマーフィー先生。宝塚ジェンヌの男役のように、女性なのにかっこいいです。

日本では国際開発(International Development)と言わずに、国際協力(International Cooperation)という言葉をよく耳にすると思います。国際協力は困っている近所の国へお手伝いに行っているというイメージを私は持っていますが、開発はしてあげている、改善してあげるという上から目線が入っているような気がします。

私がタイ・ビルマ国境で本格的にボランティア活動をする前に一冊読んだ本。
「世界の貧困-1日1ドルで暮らす人びと-」ジェレミーシー・ブルク氏著。青土社(2005)

この本はまさにしてあげている国際開発がおせっかいかもしれないよ。ということを私に気づかせてくれた本でした。

グローバリゼーションという市場経済のもと、世界の価値観を押し付けてしまうこともある開発問題。貧乏で電気がなくて水がなくても、心豊かに家族と笑って健康に過ごすことができれば、国際協力なんかしなくてもいいと私はずっと思ってきました。

今でもそう思うし、お金や物であふれる国で住む日本人の心の方が、途上国の人の心よりも貧しいと思うときもよくあります。豊かさ=お金ではない。

私はどちらかというと難民、移民の健康問題について将来関わっていきたいので、人間の尊厳や人権についてこのクラスで学べたらと思っています。そして欧米が唱える国際開発論に興味があるので、このクラスは宿題、読物が多く大変と聞いているのですが最後までやりとげたいと思います。

クラスの導入ディスカッションでも「私は、国際開発が必ずしも幸福や利益を持ってくるわけでなく、その国の文化や価値観を傷つける可能性があると思う」と発言しました。先生は「その通り。アイコが言うようなところにも触って話していくわ。」と言ってくれました。今後の授業が楽しみです。


2012/10/14

ゆかいなアフリカの留学生たち

こんな忙しい時に私ブログ書いてて、いいのかと思うのですが、おもしろいことがあったので書きます。

先週、友達の引っ越し祝い会に参加しました。春学期以来久しぶりに会う友人もおり、その中に米国人の春学期同じクラスをとったクラスメートに再会しました。

「おー!マロン!元気?久しぶり?」と声をかけた私。

「久しぶり。お、俺の名前、マロンじゃなくてピーターだけど・・・」とクラスメート。

は!?名前を間違えてた!?失態をしてしまった・・・。

間違えたのには訳があるのです。それは私の友人のウガンダ人。マロンではないピーターとウガンダ人の友人とは先学期クラスメートでした。

去年の秋学期から会うたびに話をしたりしていた米国人のクラスメート・ピーター。でも彼の名前が覚えられず、今更本人に名前聞くのは失礼かと思い、横に座っていたウガンダ人の友人に、

「ね?あのクラスメートの名前を知ってる?」と私。

「あいつの名前はマロンだぜ。」 ”Marron”と親切に私のノートに書いてくれたウガンダ出身の友人。

それからずっと私はマロンさんだと思いこんでました。私に名前を教えてくれたウガンダ人はもう卒業しウガンダにいます。おーい、マロンじゃないし!!と言いたいです汗。

そして私の仲良いタンザニア人の友人。

図書館のグループスタディールームを借りて勉強していたときのこと。勉強して1時間ほど経過し、お昼すぎご飯も食べなんとなく眠い雰囲気が漂う中で・・・

私が勉強内容を話している途中に、突然、携帯のタイマーをかけ顔を机に伏せ、寝だしたタンザニアの友人・・・。

「あれ・・・。」え?おい、ちょっと勉強会しているのに、寝てるし!!

タイマーが鳴っても、「もうちょっと・・・」と言い、またタイマーを延長させ、寝てました。

どんだけマイペースやねん!と関西人的につっこみたくなる瞬間でした。

そして昨日。米国人のクラスメートのホームパーティーに招待された私とそのタンザニア人の友人。

「私は論文もテストもあるし行かないよ。」とタンザニア人に伝えていたのにもかかわらず、昨日の夕方彼女から電話がかかってきました。

「アイコ、何してんの?何時にパーティー行く?どうやって行く?私は地図が読めないからアイコも来なきゃ!」

パーティーは夕方6時開始です。そして夕方6時に電話がかかってきました。本来ならもうパーティーに行くべき時間なのにまだ行っていなかった友人。そして30分くらい説得の電話を受け、1時間だけならパーティーに参加してもいいよと返事をした私。

「8時にはアイコの家に絶対行くわ!」

いや、私の経験上、おたくは絶対8時には来ないでしょう・・・。しかもパーティーも終わる時間かもよ・・・。

はい。まさに予感的中し、夜8時半「アイコの寮の前よ!到着したわ!」との電話。

奇跡的に30分遅れで着た彼女に関心してしまった私。別のガーナ人の2人の友人を連れて、パーティーに行こうとしたのですがなかなかタクシーがつかまらず、いらだつ私。そんなのおかまいなしに大声で笑うタンザニア人とガーナ人2人。

みんな悩みなさそうでうらやましいよ・・・。ちなみに家に帰ったのは夜11時過ぎてました。

夜全く勉強できなかったけど、まあこんな日もあっていいかと思ってしまう私でした。


2012/10/12

卒業まであと2カ月

亜熱帯地域にあるニューオーリンズも日に日に涼しくなり、日中の最高気温は25度くらい。
今日から5日間秋休みに入りました。

秋休みと言えども、私に休みはありません。来週提出しなければいけない論文のアウトラインを書いたり、中間テストの勉強をしています。あと時間があればGREとPhD願書の準備をしなければならず、ほとんど出かける暇はありません。

考えてみると、期末試験の最終日は12月16日。この日を持って私は卒業します(というか16日の試験が全滅だったらまた来学期もいるかもしれませんが・・・)。

卒業までおよそ2カ月しかありません。

おととい、担当教授のマーク先生のオフィスアワーに行きました。PhD進学について1時間も話仕込んでしまいました。

ぞっとする内容なのは「アイコがチュレーンを落ちた時のワーストシナリオについて考えよう。」

というものです。この大学でPhDに受かる可能性はあります。でも奨学金付はかなり倍率が高く難しいのです。大学院によっては、あらかじめ「うちの博士課程は全ての留学生を含む学生さんに、授業料免除します」というところもあります。そういう大学院も受験したほうがよいとの話しでした。

マーク先生と話をした日の晩は、とてつもなく将来が不安になり眠れませんでした。

“でも私、やっぱりチュレーンでこのまま勉強を続けたい-”もうそれしか今は思いません。

合格し、奨学金を得るかどうかは、最後のラスト数秒までわからないと思います。

学生時代のバスケットボール部のコーチが
「負けるかどうかは自分の心が決めるんだ。最後ラスト数秒まで勝つと思って試合しろ。」

とよく言っていたのを思い出します。負けそうな試合でも、もしかしたら相手チームの選手が負傷するかもしれないし、持久力がもたないかもしれない。それは最後の最後までやってみないとわからないし、誰にもわかりません。

受験もそうです。進学を辞退する人がでるかもしれないし、奨学金も去年よりもっとたくさんでるかもしれない。

恐ろしいのは弱い自分の気持ちに負けてしまうことです。

もうここまで来たら、最後の最後まで望んでやろうじゃないか。私は負けへん。と思う今日この頃です。




2012/10/07

勉強のコツ(続き)

書き忘れていたことがあるので書き足します。

③中間・期末テスト
成績の中でもっとも配分が多いのがテストです。テストでは緊張するし普段の実力が発揮できないかもしれません。そして時間内に全問を解かなければという焦りで空回りしてしまうこともあります。

もしわからない問題がでてしまったら、絶望的になるかもしれません。

が、テストはあきらめてはいけません!
あまりこんなことは言いたくないですが、留学生としての強みを出しましょう。

嘆く前にこのテスト問題で聞きたいことは何なのか考えます。テストの質問がさっぱりわからないというときは、恥ずかしがらず手を上げ、先生のところに行き、何をその問題が問うているのか聞きましょう。

「このテスト問題の意味がわかりません。先生、この問題は○○○について聞いているのですか?」

留学生の非ネーティブの英語の質問を聞いた先生は、だいたい優しく問題内容について説明してくれます。そしてその問題の答えになるようなヒントも出してくれるときもしばしばです(私の経験上)。

問題の表現がまわりくどい言い方をしていたするだけで、全く出くわしたことのない質問に感じることが多々あります。表現内容を先生に言い直ししてもらうだけで、実は結構その問題の解答を知っていたりすることもあると思います(テスト前にちゃんと勉強していれば)。

わからない問題をそのままにせず、先生(テスト会場にいると思います)に聞くことで結構10点くらい変わってきます。

私は今学期5教科取っています。目指せオールAです!


2012/10/05

勉強のコツ

私は自分が頭がよいとは一度も思ったことはありません。日々どうしてこんなこともわからないの?って自分に嘆いています。ただこんな私でもPhDを受けれるほどのGPA(成績)を取ることができたので、私が思う米国の大学院で勉強していくためのコツをお伝えしたいと思います。

以前読者の方から質問があったことと、米国の大学院で現在、またこれから1年生として勉強する方の参考になれば幸いです。

①授業
<授業前>
必ず授業でカバーされるリーディング(教科書、論文、ガイドライン等)を読みます。

リーディングを読む前にもし授業のパワーポイントをすでに持っていれば、先にそのパワーポイントをざっと見ます。先生が授業で何を話すこととリーディングの関連性をしっかり頭に入れて読みます。

大学院のリーディングの量は半端になく多いです。200ページもあるガイドラインもリーディングの一つとして指定されることがありますが全て読むのは難しい。宿題にかかわらない限り、全てをじっくり読まなくてもよいと思います。その代わりSkimします。目を通す。流し読みをし大まかなラインをつかみます。

最後にパワーポイント(うちの大学は授業前に大学の学生ウェブサイトに掲載されます)。
スライドのひとつひとつわからない単語はないか。何を先生は言おうとしているのか考えてよみます。

<授業中>
私は聞き取りずらい先生は録音機を使いレコーディングしています。先生に許可をもらっています。
留学生なので使ってよいですか?と必ず聞いています。2年目になり、だいぶリスニング力も伸びてきたのでレコーディングしないクラスが多いですが1年目は必須でした。

<授業後>
授業の内容は理解しているか。わからなかったことはないか振り返ります。聞き取れなかったとこは録音機を再生し聞き直します。授業内容自体がわからなかったら先生に聞きますが、授業直後多くの質問を聞いたりするのは先生に失礼なので、先生のオフィスアワー(Office Hours)で聞きましょう。またはTA(ティーチングアシスタント)のセッションに行きましょう。

*授業は必ず出席しましょう。出席が成績に反映するクラスもあり出席簿を取られるときもあります。

②宿題
ほぼどのクラスにもあります。週一あるクラスもあります。その宿題の配点が30%~40%の成績の配分を占めることも多いです。宿題は確実に点が取れるところです。気を抜かないようにします。

友達と一緒にしても良いクラス(グループワークが宿題となることも)や、一人でしなければいけないクラスなど様々。納得しこの宿題で100点取れると思うところまで私はしています。わからないところはTAアワーに行きTAに聞く。TAの説明でもわからなければ先生のオフィスアワーに行きます。

ここで注意!
宿題は提出期限ぎりぎりにしてはいけません。なぜならTAと先生のオフィスアワーを見逃す可能性があるからです。提出のせめて1週間から5日前くらいには終わらせて、わからないところを聞けるようTAアワーに私は行っています。それぞれのクラスのTAアワーと先生のオフィスアワーのスケジュールを把握し見逃さないようにしましょう。見逃してしまった場合はメールで先生あるいはTAに質問しましょう。

③中間・期末テスト
クラスによっては先輩の過去問が回っているときもあります。私はルームメートが一学年先輩だったのでよく過去問を借りて勉強していました。過去問で100点を取れるくらい何度もやり直し準備をします。

このテストも上記の宿題と同じで、テスト1週間前くらいには自分のノートやパワーポイントでわからないことがないか確認し、必要あればTAあるいは先生に会いに行きましょう。

テストで一番大事なのは意外にも学期開始に配られるシラバスをもう一度読むことです!!
これを忘れている方多いと思います。

シラバスには必ずCourse objectives(クラスの目標)、Student learning objectives(学生の学習目標)、時にはテスト形式も書かれています。これをもとに先生がテストを作る場合が多いのでテスト前には必ずシラバスを読み、それに沿って勉強すればよい点はとれると思います。あとはクラスメートとグループスタディーを組み、テスト前にテスト範囲の最初から最後まで確認します。お互い聞き逃していたことなどを補いテストに備えます。

以上のことをおさえ勉強してから、A-(GPA:3.67)は最低とれるようになりました。A(GPA:4.00)を取るのは合計約93%以上の配分が取れないとできません。A-なら約88%~92%くらいかと思います。結構大変です。

こんなこと書いている私も再来週に中間テストが3教科あります。勉強しないと。


2012/09/30

グローバルフェスタJAPAN2012


私が活動、所属しているNGOメータオ・クリニック支援の会がグローバルフェスタに出展します。私は残念ながら今年も行けないのですが、当会のメンバーがこの日に向けてがんばって準備をしています。ぜひ当会のブースにお立ち寄りください!いろんな活動をしている様々なNGOから国際機関までブースを出されています。民族衣装から多国籍料理まで楽しめます。

以下、案内文です。

10/6()7()10:00-17:00 日比谷公園Think Global, Think Green :  世界を変えよ。未来つく」のーマてグロバルェスが開されま
NGOメータオ・ック                      


( ) 】 
イ・ミャンマー国境付近の移民・難民の数はミャンマー国内の民主化が進んでも減少にはありませそのうな状のタイ・ミンマー国境付近の医療状況メータオクリニックの設立緯・概要、当会の活動報(院内感染策・校保健支援の取り組)をパネル展示致します。ミャンマーの少数民族の民芸品販売も実施します

グローバルフェスタJAPAN2012(http://www.gfjapan.com/)
テーマ Think Global, Think Green: 世界を変えよう。未来をつくろう。
開催日   10月6日(土)・10月7日(日)
開催場所 日比谷公園(千代田区日比谷公園)
入場料   無料
主催      グローバルフェスタJAPAN2012実行委員会
共催      外務省・独立行政法人国際協力機構、(特活)国際協力NGOセンター(JANIC)
後援     内閣府、一般社団法人日本民間放送連盟






2012/09/27

英語で怒るときもある

今日はYam Kippur Holidayというユダヤ教の祭日のため学校は休みです。GREでできなかった修士論文に時間を費やしています。

このブログのタイトルからどうしたの?と思う方いるかと思いますが、最近米国人の友人に対しかなり怒りました。私としてはめずらしいです。あっ、私はしょっちゅう怒るタイプではないのですが(怖い人ではないです・・・)。

詳しい内容は書きませんが、最近GREの試験勉強や学校の授業の勉強でずっと家に閉じこもっていることが多く、あまり外にでたくない状況が続いていました。集中力が切れるので友達と外出しようという気分には全くなれませんでした。

そんなときにどうしてもGRE2日前に私に会いたいという米国人の友達の願いより、会いたくない中しぶしぶ彼女を待っていました(もちろん試験があるから会いたくないと言ったのに、向こうがこの日じゃないとだめだと言ったので)。

待つこと30分。現れない彼女。

私がメールでどうしたかと聞くと「ヨガクラスが長引いたから今日は行けない。来週でもよい?」と言われたのです。

カッチーンと来た私。だったらGREの試験の後でよかったじゃないのか。行けないんだったら事前にメールしてよ。というか約束していた時間なのにヨガクラス行っていたなんて!とぶち切れてしまいました。

その後のメールのやり取りでも彼女は全く反省の色はなく、それ以前から蓄積されていた怒りから昨日メールで「もうあなたと話すのは不愉快なのでもう会いません。」ときつい一言を言い、慌てて彼女から電話がかかってきたので話すこと20分。。。

英語でなぜ私がこんなに怒っているのか話し続けて、最後には丸く収まりましたが本当疲れた。

私が言いたいのは自分が英語でネーティブにでも怒りを表現できるようになったんだなと、あらためて発見したことです。

1年前初めて渡米したとき、周りの人に反論することもなく物事が進んでいくことも多々あったと思います。初セメスターは自分の英語のできなさに落ち込んでいたのを覚えています。

今では小さなクラスでは大きな声で自分の意見や質問を発言できるようになったし、ためらわずネーティブと意見を言いあえるようにもなりました。おそらく米国人のルームメートがいたことや、ロータリーの国際親善奨学生として10回ほどいろんなクラブで英語で講演をさせてもらったことは大いに役に立ったのではと思います。まだまだ私の英語は大したことはないですが・・・。

このブログの読者の皆さんの中でこれから留学する人がいればぜひ伝えたいのは

英語で話すときは大きな声ではっきりと、自信を持って発言することが大事です!

文法がめちゃめちゃでも発音がきれいでなくてもいいんです。
たくさんの会話をし、勉強すれば文法も発音も直されていくと思います。

自信をもっていない英語にネーティブイングリッシュスピーカーは耳をあまり傾けようとしません。

特にアジア人は謙遜してしまうことは多いかもしれませんが。ネーティブの発言だって大したことない事はたくさんあります。ただ彼らは自己表現がうまいからよく聞こえるように思えるかもしれませんが全てそんなことはありえません。

さて、今からまた勉強します!



2012/09/25

GREとの闘い

本日、Revised GREを受けてきました。6月から勉強してるのに全く割にあっていない結果になりました。

Unofficial スコア
Verbal Section 140 (320)
Quantitative Section 156 (720)
*( )は旧GREのスコア点数に換算したもの。

やばいです。やっぱりもう一度受けないと。うちの博士課程ではVerbalとQuantitativeを合わせて303点(旧式では1200)以上が望ましいですが、私のでは7点足りない。

昨日あまりにも緊張しすぎて、ベッドに10時半過ぎに入ったものの、全く眠れず夜中3時くらいまで起きていたのがひびいたのかも。朝眠くてテスト中も集中力が持たなかったのは大きな原因かもしれない。

羊を数えて寝ようとしても、途中から英単語が頭の中で浮かび、うなされる始末。

このGREのテストがあるがために米国大学院での留学をやめてしまう方多いと思います。

このテスト、ネーティブイングリッシュスピーカーでもつらいのに、私のような非ネイティブにいい得点を取らせようというのは無謀な気がする・・・。またテスト形式が変わり受験生をさらに悩ませている。

一度であきらめてしまうのは、もったいないのでもう一度挑戦しようと思います。11月上旬あたりに(GREは30日ごと、1年5回まで受けれるようです。一度受けたら2カ月は受けれないと勘違いしてたのでよかった)。

たぶん、博士課程に受かるためにGREが留学生の合格の大きな因子ではないとは思っています(先生にも言われたし)、結果が少し下回ったとしても合格する可能性はまだある。でもこの点数では大学からの奨学金を取って全額授業料免除は厳しいとは思う。授業料300万円以上出せるお金は私にありません。涙。

少し、ほっとしたのはUniversity of Washington(ワシントン大学)のPhD in Global HealthのGREの条件(Quantitativeが700以上)とGPAの条件等全てクリアしているので、この大学院はいつでも受けれそうです(やっぱりチュレーン大学のPhD以外にも受けておこうかなと思っています)。そこは留学生を含む全ての学生にFundingがあるって書いてたし。

念のため日本/世界銀行共同大学院奨学金制度のような授業料全額負担、生活費支給の奨学金にも応募することを考えています。それでもConditional Admission(条件付き入学)ではその奨学金にも応募できないのでやっぱり、せめてUnconditional Admissionを取れるようにしたい。

となるとGREは克服しないといけないのではと思う。

うだうだ書いてしまいました。

諦めてしまうのは簡単だけど、諦めてしまえば試合はそこでおしまい。大きく転んでしまったけど、立ち上がってもう一度試験に臨みます。




2012/09/14

The danger of a single story アフリカからの思い

GREの試験も残すところ、あと10日。勉強も今が山場です。毎日授業の予習、復習、宿題をした後、深夜0時くらいまでGREの勉強しているので早く決着をつけたいです。

深夜まで勉強し続けると頭がフルに活動しすぎて、最近寝つきが悪く、勉強しすぎも身体に毒だと気づきました。効率が悪いかも。でも気持ちは焦ります。。。

今日は気分転換にと、大学にいるシエラレオネ(アフリカ西部にある国)出身のアフリカン-アメリカンの友人に連れられて、Tulane African Student Associationというアフリカ出身の生徒が集うサークルに参加してきました。先学期もたまに活動をみにいきました。ダンス大会とか、アフリカの料理を楽しみに。

今晩はアフリカの料理を楽しみながら、Chimamandaさんというアフリカのナイジェリア出身の作家さんのスピーチをみんなで鑑賞しました。


彼女のすばらしいスピーチに私は心を動かされました。英語版のYouTubeを貼り付けました。
日本語和訳つきはこちら
http://www.ted.com/talks/lang/ja/chimamanda_adichie_the_danger_of_a_single_story.html

彼女が言いたいのは、世界が持つアフリカに対する偏見、固定観念についてです。

ひとつの小説やテレビから見えるアフリカ。
貧しく、暴力、内戦やエイズで苦しんでいる国、白人のボランティアから支援を待つ人々の国。

かわいそうなアフリカの人々。

たぶんこんな思い込みは日本人も持っているんじゃないかなと思います。

そんな小さな情報が固定観念を作り、さもすべてのアフリカの国は不幸で満ちた国というイメージを与え、その固定観念がアフリカの人々の尊厳を奪っている。

固定観念が同じ人間としての尊厳、人権の尊さ、平等さをわからなくさせ、アフリカの人たちは私たちと違う人間なんだということを強調させてしまう―

私の稚拙な文章力では伝えられないですが、ぜひ皆さんに見てほしいです。

アフリカの人たちも私がアジアで出会った友人たちのように、心が豊かで優しいです。私はそんなクラスメートたちに癒され、励まされているような気がします。

2012/09/05

My final semester began 最終学期始まる

今日から秋セメスターが開始されました。ハリケーンの影響で昨日まで電気が通っていなかった家も多かったようで、本日より学校開始です。

ハリケーン休み中に、授業の予習を今週木曜日の授業分までしたので一安心です。またGREの問題集も半分終わらせることができました。思いがけない休みに助かりました。

ブログの読者の皆さんにいつ卒業されるのですか?というメールを何通かいただいたのですが、私の卒業は今年の12月下旬です。この秋セメスターで終わりです。

このチュレーン大学のMPHプログラムは2年か1年4ヶ月かのどちらか選べるのですが、私は1年4ヶ月コースを選びました。おそらく留学生の中で私だけです。米国人の同級生でも2年で終わらせる方が半分くらいいます。今までチュレーン大学でMPHを取られた日本人の学生さんたちも2年で終わらせる方しか聞いたことないかも。

なぜ早く卒業したいのか。その理由は米国に滞在するお金がかかるので、早く卒業したいことがひとつ。博士課程に進む前に日本でしばらく住みたいと思ったこと(お金も貯めたい)。あまり最近かかわれていないNGO(メータオ・クリニック支援の会www.japanmaetao.org)で自分が学んだことを、少しでもいかしたいなと思ったことなどが大きな理由です。

決めてしまったことはやらないと気がすまないタイプなので、やりとげるかとは思いますが、1年半で42単位(卒業必要単位の45単位のうち3単位は医療のバックグラウンドがあるので免除)は結構大変です。お金に余裕があって、ゆっくり勉強されたい方にはお勧めはしません。

とうとう始まってしまった最後のセメスター。久しぶりのクラスメートとの再会。ちょっと照れくさかったですが、みんなの元気な顔を見れて嬉しかったです。アフリカ出身のクラスメートとはアフリカ初滞在の話で盛り上がりました。

セメスターがはじまり、宿題、中間テストの予定も決まってきました。私のGREのテストは今月末です。Public Health Analysis(修士論文に匹敵する文書)のアウトライン提出は10月上旬。やらなければならないことが今月末から10月上旬に集中して大変です。GREの勉強は一日何時間もしています。もう早く解放されたい・・・。

今学期はモニタリングと評価の授業を取ります。先学期にプログラミングの授業をとったので、計画立案、モニタリング、評価というつながりができおもしろいです。

モニタリングクラスの予習として、ノースカロライナ大学のMonitoring & Evaluation(M&E) Fundamentalsのオンラインのミニコースをとりました。2時間ほどでコース修了証ももらえます。

https://www.cpc.unc.edu/measure/training/online-courses/certificate-courses/m-e-fundamentals-en




わかりやすいコースなのでM&Eに興味がある方お勧めします。

メータオ・クリニックで私の実習を指導していたプリセプターの先生からメールをもらいました。
「Your hard work will soon pay off !」 (努力はすぐに功を奏するよ!)

正直、このセメスターは泣きそうにつらいと思う。早く私の勉強がペイオフされますように。やるしかない。


2012/08/31

Hurricane Issac ハリケーン・アイサック

ニューオーリンズのありとあらゆる文化を楽しんできた私ですが、ここにきてニューオーリンズ恒例のハリケーンも体験することになりました。

ニューオーリンズと言えば、2005年のハリケーン・カトリーナを思い出される方がたくさんいるかと思います。このハリケーンで私の住むニューオーリンズを含めたルイジアナ州の1500人近くの方が亡くなっています。

今回のハリケーン・アイサックはカトリーナと同様に、ニューオーリンズを直撃しました。そしてほぼ7年前と同時期、ニューオーリンズに上陸しました。カトリーナ再来かとパニックになる人も多かったようで(というかアメリカのメディアが怖がらせているような・・・)、私の友人はヒューストン、バトンルージュなどに避難していました。

ハリケーンの影響でまだ停電している地域もあり、学校は来週の火曜まで休校を延長。メインキャンパスは電気がないらしいです。一時はニューオーリンズ全世帯の85%で電気がなく、私の寮も一瞬だけ停電しました。こんなに停電しているなんて、まるで途上国です(寮は浸水もなく無事でした)。

私は丸々2,3日外出をせず、ひきこもりになり窓をみていました。夜中の雨と風の音がひどくてなんども目が覚めました。


寮の中庭の木も、強い風でもげています。
寮の目の前の学校へ行く道は、大きな木が倒れ道がふさがれています。

自然って脅威です。今回のハリケーンはカテゴリー1で弱めだったようですが、海抜が低いニューオーリンズでカテゴリー1以上のハリケーンが来たらちょっと怖いです。

もしこの大学で博士課程に進学したら、少なくとも来年夏から1年半はまたニューオーリンズに住まなければならず、ハリケーンをまた体験する確率も上がるような気がします。というかまた来月もまだハリケーンの季節。油断大敵です。